東日本大震災から10年。
時間が経つにつれて進む風化を、どう防ぎ教訓をどう後世に伝えていくか、大きな課題となっている。
語り部の高齢化をどう防ぐかという課題もあるが、福島・いわき市では若き語り部が活動を始めた。

目の前の海から津波が…走馬灯が過ぎった

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
目の前で婆ちゃんが沈んでいるんです、水面に白髪が見えているんです。「これまずい」と思って、脇の下に両腕を差し込んで、よいしょと持ち上げて

語り部として、震災の経験や教訓を伝えている小野陽洋さん。
10年前の“あの日”、20歳だった小野さんは自宅で津波にのまれた。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
津波に飲まれながら、走馬灯、学生時代の思い出、同級生の顔がすっと通り過ぎていきました

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小野さんが住む福島・いわき市豊間地区は津波で甚大な被害を受けた。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
これがちょうどその、自宅の前。海からの距離的でも、ほぼこの辺り。カメラを撮っていたのかなという場所

85人が津波で犠牲に…「生き残った罪悪感」

2011年3月11日。小野さんは祖母と一緒に海沿いの自宅にいた。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
「俺は逃げねえ」。その一言を聞いた私は、婆ちゃん一人残しておくのも危ないので、海の目の前にある自宅から移動しない、留まるという判断をしてしまいました

地震のあと、2階のベランダから海を撮影していた小野さんは、それまで見たことのない光景を目の当たりにする。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
3時21分頃、今まで見た事がないほど潮が引きました

そして津波は、小野さんがいた2階にも襲ってきた。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
ベランダの手すりを越えた波が、首元位まで来て。波の力で家の中を押し流されたんですね

小野さんは祖母と一緒に津波にのまれたが、軽いケガをしただけで2人とも奇跡的に助かった。
しかし、豊間地区では85人が亡くなった。

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
海の最前線にいて、逃げずに助かってしまった。亡くなった方や遺族の事を思うと、今でも生き残って良かったのかなという罪悪感を感じながら生き続けています

「奇跡的に助かった命」「同じ過ちを繰り返してほしくない」
2020年から語り部として、震災の経験、そして教訓を伝えている小野さん。

“語り部の高齢化”が課題となっている「いわき語り部の会」にとって、30歳の若き語り部は期待の存在。

いわき語り部の会・大谷慶一さん(72):
30代、私たちにしたらね、「待望の星」。10年経ちましたけど、10年・100年どうやって語り継いでいくかという時に、こういう若い方の加入っていうのが、非常に大事だと思うんです

「生かされた命を無駄にしない」語り継ぐ震災

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
「逃げて助かろう」と、お伝えしておきます。逃げずに助かるのは最もありえないこと。行く先々・いる場所で、どんな災害が起きるか想定して行動すれば自分の命は助かる

「災害が起きたら、速やかに命を守る行動を取って欲しい」
この日もそう訴えて講話を終えた。

講話を聴いた人:
生々しい動画で、最初はぞっとしました

講話を聴いた人:
周りも整備されて、きれいになって忘れかけているような状況。良い時間だった

いわき語り部の会・小野陽洋さん(30):
何か災害が起きた時には、映像を撮るとか、写真・記録に残すとかでは無くて、自分の命を守る行動を取る。話を聞いた人、これから来るかもしれない災害で犠牲者ゼロを目指して、語り継いでいきたい

東日本大震災からまもなく10年。
「生かされた命を無駄にしない」。この思いが原動力となって、震災のことを伝えていく。

(福島テレビ)