県内で50人の犠牲者が出た熊本地震の発生からきょうで1年半(関連死を含めると240人以上)。

大きな被害が出た熊本市や熊本県益城町では、倒壊した家屋の多くが撤去され、新たな住宅の建築が進む一方、いまだ再建のめどがたたない空き地も目立つ。

熊本市のシンボルである熊本城の改修工事も急ピッチで行われ、外国人も含めた観光客の姿も。

幹線道路などインフラの整備も進んでいる。

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一方、いまも4万人以上の人が仮設住宅で暮らし、被災者の生活再建は道半ばだ。
プレハブの仮設住宅では、6畳の2部屋で家族4人が暮らす家庭もあり、子どもたちの心のケアも大きな課題となっている。

NPOカタリバ・芳岡孝将さん

NPOカタリバは子どもたちに学びの場を提供

「のぶさん。きょうも花柄のシャツだね」

中学生から声をかけられるのは、益城町で子どもたちの支援活動を行っているNPOカタリバの芳岡孝将さん(33)。

NPOカタリバは、震災直後にコラボ・スクール「ましき夢創塾(むそうじゅく)」を立ち上げ、これまで学校や家を失った子どもたちに学びの場を提供してきた。
生徒は約90人。

芳岡さんのほか、熊本大学の学生がボランティアとして参加し、子どもたちの勉強や生活のよき相談相手となっている。

芳岡さんは、北海道教育大卒業後、青年海外協力隊に参加して、モザンビークで理科の教鞭を取っていた。2年の任期を終えて帰国後、東日本大震災の被災地を回ったところでカタリバ代表の今村久美氏に出会い、その支援活動に共感してカタリバに参加。

当初は東北で活動を行っていたが、昨年4月の熊本地震の際、女川の高校生から「どこに支援物資を送ったらいいのか」と相談されたことに背中を押され、熊本での支援活動に迷うところなく参加した。

「(震災直後の)昨年5月に益城町に入り、避難所を回って子どもたちに学習の場所が無いことを知りました。益城町では小中学校の被害が大きかった。

5月9日から学校の授業が始まったのですが、給食センターが被災して、給食が提供できない。そのために当初小学校は午前中2時間授業、中学校は午後2時間授業でした」(芳岡さん)

子どもたちは短縮授業で時間を持て余しているが、学習の場がない。避難所や仮設住宅に暮らしているので、落ち着く場所が欲しい。

両親や大人たちは復旧や生活再建に忙しく、誰かに話を聞いてもらいたくても相手がいない。

こうした子どもたちの悩みにこたえようと、芳岡さんは、放課後の学校や仮設住宅内の集会所で子どもたちの学びの場「ましき夢創塾」を作った。

押しつけの支援はよくない

一方で、「ましき夢創塾」を作る際、芳岡さんはあることに気を使ったと言う。

「モザンビークで支援活動を行っていた時に、現地で感じたのは『押しつけの支援はよくない』ということ。ドイツから理科の実験機材が送られてきたものの、誰も使い方を教えてくれないから使わないままだったのはその典型でした」(芳岡さん)

そこで芳岡さんは、学校や教育委員会のニーズを知るために、「困っていること何かありませんか」と聞いて回ることから始めたという。

さらに、彼らが嫌がることや、負担となっていることを進んで引き受けることで、校長や教育委員会との間に信頼関係が生まれ、本音で話せるようになった。

また、地元の学習塾とバッティングしないように、勉強を教えることより、自習と質問が出来る場所を作ることを心がけたと言う。

地元の「さくらゼミナール」では被災後、基金を募り、益城町の子どもたちに無償で授業を行っていた。

1年半がたったいま、中学校の生徒の姿は、明るく楽しげに見える。

しかし、芳岡さんは、「仮設住宅といっても、プレハブ、みなし仮設と親族の家の3種類があります。また、仮設ごとに自治体の支援体制も違います。子どもたちのおかれている状況もさまざまです」という。

カタリバの活動は来年度いっぱいで終える予定だ。

「私たちの活動の資金も寄付で成り立っています。それに、避難所が充実して居心地よくなることは、自立を妨げることもあります」

「ましき夢創塾」は、熊本復興のきぼうだ。

「がまだせ!熊本の子どもたち」