世界大会中止相次ぐ
2022年北京五輪まで1年を切った。
各競技ともプレ大会を行う時期にきているが、新型コロナ感染が収まらず、大会が相次いで中止・変更されている。
スピードスケートもその一つである。
今季スピードスケートはW杯前半戦(20年12月まで)が中止された。
後半戦もスケジュールが大きく変わり、オランダのヘーレンフェーンで、複数の代替大会が開催されている。
プレ五輪として北京の新リンクで予定されていた世界選手権も場所をオランダに移して行うことになった。
選手は、プレシーズンに五輪のリンクで“リハーサル”をする機会を失った。
日本は、国際大会に選手を派遣していない。
世界から隔絶された状態が続くことについて、いろいろな不安があるだろう。
5冠より5種目出場
一方、昨年末に行われた全日本選手権では、その不安を一瞬忘れてしまいそうな、驚きの結果が生まれた。
ニュースの見出しは「髙木美帆5冠達成」。
髙木は、500m、1000m、1500m、3000m、5000mの5種目に出場し、全種目優勝(5冠)した。
高木のパフォーマンスが、他の出場選手に比べて突出していたのである。
5冠が素晴らしいのは勿論だが、それ以前に、全5種目に出場しただけでも十分驚愕に値する。
この大会5種目に出場したのは、髙木ただ一人。
レース後のインタビューの中に、彼女の想いが現れている。
髙木美帆:
5冠できたことより、5本“走り切れた“とのほうが達成感もあって・・・。(中略)
このように“全部できること“に喜びややりがいを感じている。
その中の5冠なので、自分の中で、メインは5冠ではなく、違うところにある
一般論として、トップ選手が集まる大会で5種目を滑る選手はまずいない。
前回の記事にも少し書いたが、選手の強化は、短距離と中朝距離に分かれて行うことが多く、トップ選手になるほど、専門性が更に高くなる傾向があるからである。
5種目出場までの経緯
全日本選手権の女子の種目は、以下のようにスケジュールされていた。
第1日 500m 3000m
第2日 1000m
第3日 1500m 5000m
短距離から長距離まで、選手の得意距離の傾向に合わせ、ある程度複数の種目に出場できるように考慮されてはいるが、5種目全て出場する選手を想定しているとは思えない。
全種目に出場するに至った経緯について、髙木は次のように説明する。
髙木美帆:
普段滑っている1000、1500、3000の他に500も滑りたいと考え、(一方)コーチから「ここ数年5000を滑っていないので、5000は最終種目でもあり、チャレンジできるならしてみよう」といわれたところから、この5種目(出場プラン)が始まっていったという流れだった。
だからすごい目的をもってこの5種目に最初から計画した感じではない。
髙木は、中学3年生の時、1000mと1500mで五輪代表になった。
また1500mは世界記録を保持している。
髙木の得意種目はこの中距離2種目とされる。
それに長距離種目の3000mを加え、当初は、第1日に3000m、第2日に1000m、第3日に1500mに出場することを考えたとみられる。
「500も滑りたい」という気持ちは、昨季の世界スプリント総合優勝の事実もあるように、短距離種目への自信と想いが大きいことが関係していると思われる。
直後に滑る3000mへのデメリットを心配する気持ちより、同日2種目に挑戦する意欲の方が強かったようだ。
一方、5000mは「最終種目でもあり、チャレンジ“できるなら”してみよう」というヨハン・デヴィット ヘッドコーチの提案によるという。
ここにはどのような思いがあったのか。
この問いに直接答えるものではないが、ヨハンコーチは後日次のことを話した。
ヨハン・デヴィット ヘッドコーチ:
(5冠を達成できた理由を)説明するのは難しい。
彼女はスピード、持久力と技術を兼ね備えた特別な選手。
彼女はメンタルも強い。
彼女の強さを説明するのは難しく、スピードスケートでは滅多に見られないことです。
エリック・ハイデンが五輪5冠を達成して以来、これまで同じようなことは起きませんでした。
これはとても特別なことです
一方髙木は、次のように話す。
髙木美帆:
オールラウンドで戦うことや、勝つことに対して自分の中での憧れや面白さを感じているので、自分のスケートのスキルというか、伸ばすためにオールラウンドをやるというより、単純にオールラウンドで戦いたいと言う意味でこだわっている部分もあると思う
過去の記事にも書いたが、「オールラウンド」とは、スケート界が古くから重要視してきた競技形式である。
女子は「500m、3000m、1500m、5000m」を滑って総合力を競う。
関係者の間のやりとりで、名称を「選手権」と略す際は「オールラウンド選手権」を指すことが多い。
「距離別選手権」や「スプリント選手権」よりも歴史的に長期間続いてきた大会である。
総合優勝することは、単種目で勝つことと格が違い、スケーターの「頂点」としての尊敬を受ける。
そんなオールラウンドへの想いが、今回「5種目出場」の動機の根底にあるのかもしれない。
5冠の評価
そこで、5冠について少しだけ考察したい。
この全日本選手権は距離別大会であり、オールラウンド大会ではない。
オールラウンド大会はタイム換算による総合順位で争うので、個別の勝利の意味合いは相対的に小さくなる。
が、今回髙木は、各距離の勝負を全種目で行い、全種目で勝った。
いかなる種目も、そのスペシャリストより速かったと言える内容である。
ただひょっとすると、髙木の勝利は、若手女子選手の力が伸びていないことの裏返しとの見方もあるかもしれない。
今回、1000m 2位の山田梨央と5000m 3位のウイリアムソン・レミ以外、各種目4位以上は五輪経験者が占めている。
しかし、その中で髙木は、勝つだけでなく、500m以外の4種目で「リンクレコード」を更新したのだ。
リンクレコードとは、当該リンク史上最速タイムであり、海外トップ選手も対象に含まれる。謂わば、そのリンクにおける世界記録である。
世界選手権やW杯など、世界のトップクラスが集う大会に使用されるリンクは、リンクレコードもレベルの高いものになる。
この大会が行われた、帯広の「十勝オーバル」はオープンから12季目を迎えるが、その間世界選手権とW杯は計4回行われている。
ヨハンコーチにエリック・ハイデンを想起させたのは、これらの点と多少は関係があるかもしれない。
コロナ環境を味方につける
髙木は、インタビューで、次のようなことも話す。
髙木美帆:
今回ハードなスケジュールを滑りきれるだけの身体を作れたことが一番の収穫。
(例年通り国際大会があったら、今回の結果を出すのは難しかった)かもしれない。
あとは、いつ大会がどうなるかわからない状況で、出られる時に出たいんだという気持ちは自分の中にもあったと思う
1本のレースの価値が自分の中で違う意味で上がった。
また、ある関係者は、海外に行かずじっくりトレーニングできたのが悪くなかったのかもしれないと話す。
コロナ対策故の逆境を、どのようにプラスに転化できるかが、成果を大きく左右する。
今季は、一つ一つのレースの重要さを特に感じるシーズンになり、より内容の濃い強化につながったと言えるかもしれない。
リモートプレ五輪
さてこのあと、冒頭に書いた世界選手権が、今週末(2月11日~14日)オランダ・ヘーレンフェーンで行われる。
日本選手はこれに出場せず、同時期に長野の「エムウエーブ」で行われる全日本選抜選手権に出場する。
大会は違えど、世界を意識して臨むレースになると見られる。
種目ごとのスケジュールの組み合わせは全く同じではないものの、ここでの結果は、世界のトップ選手との比較の材料になる。
コロナ禍におけるスピードスケートの“リモートプレ五輪“に注目したい。
北京五輪の種目別スケジュール
最後に、1年後の2022年2月。
北京五輪のスピードスケートの日程を示す。
05日(土) 女子3000m
06日(日) 男子5000m
07日(月) 女子1500m
08日(火) 男子1500m
10日(木) 女子5000m
11日(金) 男子10000m
12日(土) 女子パシュート予選 男子500m
13日(日) 男子パシュート予選 女子500m
15日(火) 男女パシュート決勝
17日(木) 女子1000m
18日(金) 男子1000m
19日(土) 男女マススタート
(フジテレビ報道キャスター・奥寺健)