北朝鮮の朝鮮労働党は10日の党大会で、金正恩党委員長を「党総書記」に推挙した。「総書記」ポストはもともと祖父・金日成氏や父・金正日氏が使っていた肩書であり、党の「朝鮮労働党総書記」体制に戻すことによって、さらなる権威づけを図る狙いがあるとみられる。

5年ぶりの開催となった北朝鮮朝鮮労働党の党大会
5年ぶりの開催となった北朝鮮朝鮮労働党の党大会
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なぜ「総書記」を復活?

党総書記は、父と同じ政治的象徴である肩書だ。金正日氏に関しては2012年の党代表者会で「永遠の総書記」に、その直後の最高人民会議で「永遠の国防委員長」にそれぞれ推戴している。ただ、その後の改正憲法では金正日氏の父・金日成氏とともに「永遠の首領」と位置づけられており、総書記のポストが“空席”になっていたという状況にあった。

党大会の決定書では総書記を「全党を代表し領導する党の首班」とした上で、金正恩氏を「主体革命の唯一無二の継承者、領導者」と位置付けた。

決定書には金正恩氏への礼賛とその業績がこれでもかと書き綴られている。

「天才的な思想的・理論的英知と非凡かつ特出した指導力、崇高な風貌を身に付けた(中略)卓越した指導者」

「国家核戦力完成の歴史的大業を立派に実現してわが祖国を世界的な軍事強国に変えた」

「国の経済全般を整備、補強し、経済の自立化、現代化を実現」

「祖国の地に自力自強の数多くの記念碑的建造物をうち建て、革命と建設の各分野で大飛躍、大革新の時代を開いた」

「国の津々浦々に世界がうらやむ人民の別世界が築かれた」

その上で、金正恩氏が総書記となることを「時代と歴史の厳粛な要求であり、人民の一途な願いだ」と称えている。

金正恩氏は権力を継承した後、2012年の党代表者会で党第1書記に就任。2016年の前回党大会で新しく設けられた「党委員長」のポストに就いていた。この間、金委員長は核ミサイル開発を「完成」させ、米朝首脳会談などで大国の指導者と対等に渡り合い、外交面でも国際社会に存在感を誇示してきた。北朝鮮の最高指導者としての揺るぎない地位を確立したにも関わらず、何故今再び肩書を変える必要があったのだろうか。

第1書記から党委員長に職責を変更したのは、金正恩体制発足から5年を経て名実ともに金正恩時代の到来を内外に示す狙いがあった。党委員長の肩書は新設されたものだが、金日成主席が一時、「党中央委員会委員長」の肩書を使用していたことから、祖父を彷彿させることで一層の権威づけを図ったとの指摘もあった。

一方、総書記の肩書は2012年の党代表社会で、父・金正日氏を奉るため「永遠の総書記」となり、いわば永久欠番とされていた。

金正恩氏「総書記」への推戴を報じる労働新聞
金正恩氏「総書記」への推戴を報じる労働新聞

今回、あえて「総書記」の呼称と書記局体制を復活させたことについて、韓国シンクタンク・世宗研究所の鄭成長・首席研究委員はこう分析する。

「党組織の中にあまりにも多くの『委員長』と『副委員長』の職責が存在し、金正恩氏の権威が十分に立たないと考えたからと判断される」

今回の変更により「総書記」の肩書を使えるのは金正恩氏だけとなり、地方党組織の最高責任者の役職名「委員長」から「責任書記」に変わって金正恩氏の職責と明確に区別されることになる。

加えて、これまでの「党中央委員会副委員長」という職責は、金正恩氏の「2人者」という印象を与えてきたが、今回、これが「書記」という名称に戻されることで「実務的な幹部」としてのイメージに変わる。

今回の党大会は、長引く経済制裁、新型コロナウイルスによる封鎖、災害被害という3重苦の中で開催され、金正恩氏は経済目標が著しく未達成であるとして、失敗を認めていた。

成果が見込まれない中で、新味を出すための手段として、肩書変更が提起されたとの見方も出ている。

金与正氏は降格?――党幹部人事

党大会前、党指導部入りが予想されていた金正恩氏の実妹、金与正氏は、逆に政治局員候補から中央委員に「降格」されるという意外な結果となった。

金与正氏は、政治局員候補から中央委員に「降格」
金与正氏は、政治局員候補から中央委員に「降格」

ただ、金与正氏は金正恩氏の実妹であり、党の肩書に関係なく、金正恩氏の側近として活動するとみられ、政治的な地位は確保されていると考えられる。引き続き、金正恩氏の委任を受けて対米政策や南北関係に関わることが予想される。

今回の人事で最も注目されたのは、最高指導部メンバーである党政治局常務委員に抜擢された趙甬元(チョ・ヨンウォン)氏だ。金正恩氏の最側近として知られ、金正恩氏の現地指導への同行回数が極めて多いことで知られる。金正恩体制に入ってから急速に力をつけ、党を取り仕切る組織指導部の第1副部長という強力なポストにも就いている。

また、党中央委員から政治局委員に昇格した呉日晶(オ・イルジョン)氏も着実に出世を続けている人物だ。呉日晶氏の父親は、抗日パルチザン第1世代の呉振宇・元人民武力相であり、金正日氏の体制固めに貢献した人物として知られる。

趙甬元(チョ・ヨンウォン)氏〈左〉と呉日晶(オ・イルジョン)氏〈右〉
趙甬元(チョ・ヨンウォン)氏〈左〉と呉日晶(オ・イルジョン)氏〈右〉

一方、対米実務交渉を担った崔善姫第1外務次官は党中央委員から候補委員に降格。外相の李善権氏は政治局候補委員の末席で読み上げられた。また、対米交渉の責任者だった金英哲氏は党副委員長から党書記に横滑りすることなく、党部長ポスト(統一戦線部長)にとどまった。

朝鮮労働党の党業務を取り仕切り、幹部人事を握る組織は今回、「政務局」から「書記局」に戻された。その書記局に対米交渉や南北関係を担う幹部は含まれず、当面は対米、南北協議をする意向はないことを示唆した。

高齢の朴奉珠氏(党政治局常務委員)や崔富日氏(党政治局員)も退いている。

党大会最中に軍事パレード開催か?

また韓国軍合同参謀本部は11日、北朝鮮が10日深夜に平壌市中心部の金日成広場で党大会関連の閲兵式を実施したようだと発表した。

同本部は「予行演習の可能性も含めて分析中」としている。

閲兵式が実施されたのかどうかは分析中
閲兵式が実施されたのかどうかは分析中

北朝鮮では現在、朝鮮人民軍の冬季訓練実施中であるのに加え、強い寒波のため最低気温氷点下10度以下の状態にある。このため党創建75周年の時のパレードに比べて、規模を縮小して実施した可能性もある。

【執筆:フジテレビ 報道局国際取材部担当兼解説副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。