フランス革命に酷似する現代日本の政治

1789年7月14日、パリの民衆は蜂起、バスティーユ要塞を陥落させた。フランス革命の始まりである。ブルボン絶対王政は倒され、以後は市民の政治になる。しかし、それも僅かに15年、1804年5月にはナポレオンが皇帝に即位して、フランスは君主政に戻ってしまう──だから何だ、とはいうなかれ。

18世紀末から19世紀初頭にかけたフランス政治のプロセスは、いわずと知れた世界史上の大事件だが、これが現代日本のそれに酷似しているのだ。それも偶然でなく、相通じるパターンを踏んでの話だ。

ジャック・ルイ・ダヴィッド作のルーブル美術館のナポレオン戴冠式の絵画
この記事の画像(7枚)

日本の動きは2009年9月に始まる。盤石を誇ってきた自民党を下野させての、民主党政権の誕生である。圧倒的な民意に後押しされて、まさにフランス革命を彷彿とさせる事件だった。

日本の民主主義も制度としてはとうに整えられていたが、市民が自覚的に行動し、自ら政治を変えたという経験は、ほとんど初めてだったのではないか。

自民党政権から二度政権を奪った立役者、小沢一郎氏 細川政権、鳩山政権の"影の首相"と言われていた

いざ幕を開けても、民主党政治は痛快だった。不合理かつ旧弊な、ほぼ既得権だけで続いていたような制度に、次々メスが入れられていく。まさに聖域なき改革で、時代劇の「悪代官」がやっつけられる様をみているような、それこそフランス革命もかくあったかと思わせる小気味よさだった。

が、そのフランス革命はといえば、数年で行きづまった。思えば、当然だ。市民というのは、それまでの王侯貴族の政治から排除されてきた平民のことであり、つまりは政治の素人なのだ。理想や正義を論じることはできたとしても、それを実現する能力までが、すぐに備わるわけではない。国の舵取りなどは、早晩手に余るのだ。

日本の民主党は違う、ともいえなかった。ほどなく政権運営は御手上げになり、なかんずく2011年3月の東日本大震災に対処できずに、2012年12月、僅か3年3カ月で退陣を余儀なくされた。国難に見舞われたが最後ということで、それがフランス革命の場合は諸外国との戦争だった。

が、ここで台頭した軍人が、ナポレオン・ボナパルトだったのだ。連戦連勝で絶大な人気を獲得、そのまま1799年11月に革命政府の首班になった。さらに皇帝になれたというのは、できる政治家による長期安定政権が求められたからだ。きちんと結果を出してくれるなら、君主政に戻ろうともやむなしという判断なのだ。

連戦連勝で絶大な人気を獲得したナポレオン・ボナパルト(凱旋門のレリーフ)

ナポレオンと安倍晋三

日本では安倍晋三が、ナポレオンに当たる。アベノミクスで経済を建てなおし、長期安定政権を築いたのは、こちらでも復活した自民党政権だった。ナポレオンは皇帝で、安倍は総理大臣だが、ナポレオンは君主にしては弱すぎたし、安倍は首相にしては強すぎた。二人とも実質的には「大統領」だったといえようか。

続いたのもナポレオンは1814年4月までの10年弱、安倍晋三は2020年9月までの8年弱で、アメリカ大統領の二期分と比べられる長さだ。これくらいが精神的にも肉体的にも、ひとりが続けられる限界ということかもしれない。ナポレオンはロシア遠征に失敗し、安倍晋三は新型コロナウィルスの対応に遅れ、それを取り戻すことができないまま、退陣することになった。

首相にしては強すぎた安倍晋三氏

政権運営における「民意」

問題が、この次である。ナポレオン帝政が倒れた後に、何が来たかといえば、ブルボン復古王政だった。すでに君主政に戻っていたのだから、王政を復活させるという選択も十分にありえたのだ。日本では安倍政権における官房長官、菅義偉が総理大臣になった。自民党政権も復活久しく、それが継承されることは、いっそう自然にみえた。

が、ここで注意が必要である。実のところ、ナポレオン帝政は1789年以前の王政の単なる焼き直しではなかった。安倍政権にしてみても、2009年以前の自民党政治の再興ではない。いずれも今昔を分けたのは、政権運営における民意の有無だった。

常に民意を意識したナポレオン・ボナパルト(アンバリッドのナポレオン像)

そもナポレオンは国民投票で帝位に就いた。安倍晋三も衆議院選挙における自民党の大勝を受けて、総理大臣に就任した。事実上の直接選挙であり、このあたりの経緯も実質的には「大統領」だったという所以だ。

政権を運営していく際にも、常に民意を意識した。結果を出し続けようとしたのも、パフォーマンス過多だったのも、そのためだ。長期政権になるにつれては、独断専行の嫌いが強くなったが、それが退陣につながった面もある。

「第四権力」という大きな力に気づいているか

というのも、もはや民意を無視することは許されない。フランス人は1789年に革命を起こしたことで、日本人は2009年に民主党政権を建てたことで、つまりは成功体験を得たことによって、政治参加の味をしめてしまったのだ。無視されれば、以前のように仕方ないとはあきらめない。あからさまに怒り、異議を唱える。その術も与えられている。

フランス革命のときには新聞が爆発的に増えた。現代はマスメディアに加えて、急発展するSNSが、いわゆる「第四権力」として大きな力を振るうのだ。

「第四権力」という大きな力に菅義偉首相は気付いているか

菅義偉は、あるいは自民党は、こうした変化に気づいているか。ひとつ教訓をいえば、もう密室政治は許されない。それなのに、国民が手を出せない党内派閥の調整だけで党首を決め、つまりは総理大臣を決めるというような、古い手続きを躊躇しなかった。だからブルボン復古王政と比べたくなるのだが、ただ歴史をフェアに語るなら、この政権はルイ十八世、シャルル十世の二代にわたって、16年も続いている。

菅義偉はルイ十八世かシャルル十世か

ルイ十八世はタレイラン、フーシェといったナポレオンの側近たちに担がれていた。その勧めで渋々ながらも民意を容れたし、また面々が有能だったので、ウィーン会議の成功など、国民が納得する結果を出すこともできた。が、その弟に当たる次のシャルル十世となると、もう聞かなかったのだ。寵臣政治、イエスマンだけの密室政治になって、進めたのも典型的な反動政策だった。1789年以前への回帰を公然と目指した面もあり、あげくが国民に反発されて、1830年の7月革命で廃位された。

やはり時代は逆戻りしないということだが、さて、日本の菅義偉はルイ十八世になるのだろうか。それともシャルル十世か。

【執筆:作家 佐藤賢一】

【佐藤賢一氏 プロフィール】
山形県鶴岡市に生まれ。東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻修士課程修了。同博士課程単位取得満期退学。1993年在学中に『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞を受賞。1999年『王妃の離婚』で第121回直木賞を受賞。2005年1月から開始した新聞連載『女信長』では日本史にも挑戦。2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞を受賞。2020年『ナポレオン』で第24回司馬遼太郎賞を受賞。他にも著書多数。

佐藤 賢一著書 『ナポレオン 全3巻 完結セット』 
佐藤賢一著書 『フランス王朝史 全3冊合本版 』