日本の中小企業の減少が止まらない。
1999年には500万社近くあったのが、いまや381万社(2016年:中小企業白書)。
この理由として挙げられるのが経営者の高齢化だ。
すでに平均年齢は66歳。今後5年から10年の間に、これまで第一線で働いていた団塊の世代の経営者が、引退の時期を迎えれば休廃業がさらに増え、日本の中小企業がもつ有形・無形の技術やノウハウは、引き継がれることなく途絶してしまう。
では後継ぎを探せばいいじゃないか。
そんな声も聞こえるが、子どもは「自分の道は自分で切り開きたい」と思い、親も「子どもには苦労を味あわせたくない」と躊躇する。
しかし、日本商工会議所が行ったアンケート調査によると、後継ぎに事業を任せた企業の半数は、業績が好転していると答えている。
ユニークな大学のゼミ「ガチンコ後継者ゼミ」
子どもの「家業の後を継ぐ」ことへのモヤモヤ感を取っ払い、後継ぎをあらたな起業の出発点にする「ベンチャー型事業承継」を支援しているユニークな大学のゼミがある。
関西大学と関西学院大で行われている「ガチンコ後継者ゼミ」。

親の商売を継ぐべきか、継がざるべきか、モヤモヤしている大学生が集まり、同じ境遇の仲間や先輩経営者と一緒に、家業と3か月間徹底的に向き合う。
初めてゼミを訪れる学生全員がネガティブ
このゼミを主催する公益財団法人大阪市都市型産業振興センターの山野千枝さんに話を伺った。

ーーそもそも山野さんがこのゼミを始めたきっかけは何だったのですか?
大阪市でビジネス関連誌の仕事を通して中小企業を取材していて、後を継いだ若い社長さんたちにイノベーションや新しい製品・サービスがたくさんあることを肌で感じ、10年くらいそれをテーマに追いかけました。
この間ずっとしんどい目に中小企業はあっていて、「一生懸命乗り切ったが、子どもには同じ目に合わせたくない。継ぐって言われたら嬉しいけど、継げと言えない」という社長さんがすごく多くて。
これはもしかして、バトンリレーしていく日本の強みが無くなっていくのかなと思い、それでは、親が遠慮している中、若い人はどうなるのかなと、最初は単純な動機で大学の授業を始めました。
その後も後継者問題に対する若い子の感覚はおもしろいなあと感じながら、ずっとゼミをやっています。
ーーゼミには、家業があって継ごうかどうしようかと悩んでいる学生が入るそうですが、実際最初にゼミに訪れたときはどんな感じですか?
100%ネガティブですよ、学生は(笑)。
「どうする親の商売」ってキャッチコピーでやっていますから、私のゼミは。
2012年から始めましたが、学生の意識はあまり変わりません。
これまで百数十人の学生が来ていますが、来るときは皆ネガティブです。
ーー家業を継ぐことに抵抗を感じる理由は、やはり「自分の人生は自分で切り開きたい」ということですか?または、「そもそも大変そうだ」という感じですか?
いまおっしゃったことすべてですね。
学生がモヤモヤしているのは、最近の親は家業のことを子どもに言わないので、子どもが家業のことを知らないからです。
業界イメージだけで斜陽産業だと思い込んでいたり、親と同じことをやることが継ぐことだと思い込んでいるので。その意識を取っ払うのがこの授業です。
ーーふつう「家業を継ぐ」というと、親の事業をそのまま継ぐと考えますよね。しかし、山野さんのゼミではそう教えないで、あえて「ベンチャー型事業承継」と言っています。
「事業承継」っていうと、受け身のイメージですよね。それを「ベンチャー型」と言うと自分が主体になります。
受け身もあるけど能動的な勢いもあるというジャンルを作れば、家業を継ぐことのイメージが変わるのではないかと思い、「ベンチャー型」という別のカテゴリーにしてしまおうと考えました。
ーーそもそも親の家業を継ぐメリットをどう考えていますか?
小さい商売でも既にキャッシュが回っていることがひとつです。
どんなに古い業態でも、仕入れ先や販売先などのネットワークや、ノウハウがあるとか、無形の経営資源に価値があると言う人が多いです。
実績があるから、新しいことをやるときにやりやすいんですね。ゼロから事業を始めるより、過去の実績が信用になりますから。
ーーではゼミでは「後継ぎをすることはいいことだよ」と教えるのですか?
事業承継を前提にしないで話をします。継ぐかどうかは皆の問題なので、モヤモヤしている人に道筋をつけるというかたちです。
よく考えて継がないと決めた人にはウエルカムと言います。
何となく継ぐ人や継がない人が多いから、中小企業が衰退している今の状況が起こっているのです。
ーーゼミはどのようなかたちで行われるのですか?
最初は事業承継した先輩の社長さんを連れてきて、シャワーのように話を聞かせます。
経営のテクニック論だけでなく、人間の泥仕合とか銀行とのやり取りとか、いろいろなプロセスをシェアしてもらいます。話を聞いていると学生は自然と変わりますね、びっくりするくらい。
ーー学生はどう変わるのですか?
泣くんですよ、部活みたいに(笑)。
14回授業があって、だんだん気持ちが開いて。
家業を調べることを宿題にして、それぞれが発表することで、創業の歴史を皆でシェアする。子どもはちゃんとお父さんを見ているんですね、必死で事業をつないできたことを。
発表しながら、聞きながら学生が泣いているんです。皆同じ境遇なので。
早い世代交代は業績の伸び率が違う

ーーこのゼミを受けてどのくらいの学生が後を継ぐのですか?
まだわからないですね。最初の学生でも社会人の入口に立っているくらいですから。
だいたい学生は親とは別の業界に働いています。これまではモノづくりの会社だったら、お父さんが商社にコネを用意して、というのが王道でしたが、それでは何も生まれません。
全く別の業界に行くことで化学反応を起こせば、事業を継いで新しいものが産まれてきます。
ーー世代交代は、早いほうがいいと思いますか?
中小企業庁にデータもありますが、若いうちに家業を継ぐとその後の業績の伸び率が違います。たとえば30代前半で継ぐと、攻めの姿勢でリスクテイクして新しいことに挑戦しますし、先代もバックアップに回ろうします。若い経営者は異業種へのアンテナ、センサーも違います。
いま世代交代の高年齢化が一番問題になっていて、後継者が60歳を超えていたり、後継者がいなくて80代の社長がいっぱいいるということです。
ーー後継ぎがいない場合、従業員が継ぐという考えはないのでしょうか?
株式譲渡の負担の大きさを考えると、個人でローンしてまで引き受けられる従業員はいませんし、個人補償の問題もあります。
経営者の子どもは「そうするもんだ」と思っているけど、サラリーマンはハンコを押すのに相当な覚悟が無いと出来ません。
日本は個人補償と株の問題があって、家族が引き受けざるを得ないのですね。
ーー中小企業の跡継ぎ難の克服が、日本経済に活力を与えますね。
事業承継が行われると、ほぼ財務的につぶれている会社が息を吹き返す例が多くあります。後継ぎの残していくことへの強い意志は、創業者にもないものです。
私は事業の存続力が競争力だと思っています。
日本人には、前の人の努力を無駄にしたくない、次の人に渡すという駅伝経営、リレーのような独特な感覚があります。
海外の経営者が、日本の企業経営の文化を学びたいとゼミによく来ます。
特にASEAN諸国はいま、日本の戦後の頃のようで、後継者を初めて探す時期になっているのですが、国内に事業承継のノウハウがありません。
外国の経営者は最初、「なぜ、日本のみなさんは存続に執念を燃やすんですか?売ればいいじゃないですか」と言います。
でも、最後の学生の発表のときには、皆さん泣きますよ。
先代の苦労を思いやる気持ちとか、万国共通なんですね。
