TOMODACHI作戦からTOMODACHIイニシアチブへ
2011年3月、東日本大震災の際に、米軍による復興支援「TOMODACHI(トモダチ作戦)」があったのを覚えているだろうか?
あの凄まじい被害の中、米軍は自衛隊と捜索救助や物資支援、がれきの除去など復旧活動を行い、多くの人命が救われた。
あれから6年半、この精神は日米の次世代リーダー育成を目指すプログラム、「TOMODACHIイニシアチブ」として引き継がれている。

10日行われたイベント「TOMODACHIサミット」には、プログラムのアラムナイ(卒業生)である日米の大学生や若手社会人200人以上が集まり、支援企業や日本政府関係者、ハガティ在日米大使も参加して、リーダーシップや起業家精神をテーマにした様々なワークショップやセッションが行われた。
2011年から始まったTOMODACHIイニシアチブは、すでに200以上のプログラムを行い、約6000人のアラムナイ(卒業生)が出ている。
東日本大震災がきっかけだったこともあり、当初は東北の高校生が中心だったが、いまでは日米の、中学生から社会人までさまざまな人材が集まっている。
プログラムも留学体験を通じた教育プログラムから、スポーツや音楽・芸術などの文化交流、次世代リーダーの育成プログラム、そして今回のようにアラムナイが集まるプログラムなど200以上行われている。

イベントに沖縄から参加した、琉球大学で地域医療研究会に所属する石渡奈菜さん(22)は、今年シアトルで行われたマイクロソフト社が支援する「ソーシャル・イノベーション&リーダーシップ」プログラムのアラムナイだ。
参加を決めた際、医療へのテクノロジー活用の必要性を感じていた石渡さんは、このプログラムを通じてテクノロジーへの理解が深まったという。
「マイクロソフト社からは帰国後もフォローがあり、テクノロジーを活用する楽しさを教えて頂きました。リーダーシップに関しては、まだまだ試行錯誤中ですが、沖縄で実践しています」
石渡さんは今後、「沖縄にはこどもの貧困や若年妊婦などさまざまな問題があります。医学生だからこそできる医学教育を通じて、沖縄の医療に貢献したいです」と言う。

東北福祉大学の永沼悠斗さん(22)は、先週都内で行われた「TOMODACHIアラムナイ災害復興リーダーシップトレーニング」に参加した。
永沼さんは東日本大震災で、津波により多くの死者・行方不明者を出した仙台市大川地区に住んでいた。永沼さんも家族3人を亡くし、亡くなった当時小学校2年生の弟は大川小学校に通っていた。
永沼さんはこれからも語り部として、大川地区に起こったことを伝承していくつもりだ。
「今後は防災と福祉を学び、伝承しながら、世界にも目を向けて、よりよい防災の形を確立していきたいです」
つながり続けるためのアラムナイ・プログラム

TOMODACHIイニシアチブの立ち上げメンバーでもある、アラムナイマネージャーの宇多田カオルさんは、このアラムナイ・プログラムの目的は「つながり続ける」ことにあるという。
「プログラムの参加者が帰国すると、その経験をもとに日本社会で新しい価値観作りに挑戦しようとします。これを次のステップに行くように支援する。参加者も新しい価値観を自分だけにとどめるのではなく、皆と共有し、つながり続けることが大切です」
一方で、プログラムの参加者は帰国後、日本社会のある壁に突き当たることがあると宇多田さんは言う。
「学んできた新しい価値観を友達や家族と共有しようとしても、話が伝わらなかったり、『意識高い系』のレッテルを貼られたりすることがあります。意識の高い視点を持っている人は、イノベーションを起こします。それなのに『意識高い系』と言われることが恥ずかしいと思ったり、他者となじめなくなったりするのは不幸だと思います」

「Education ever, never stops.(教育はこれからも続きます)」
このプログラムを運営する、米日カウンシルの理事長デニス・テラニシ氏は、「次世代にリーダーシップを教えることがカギだ」と述べ、今後もこのプログラムは発展していくと強調した。
震災で打ちひしがれた東北の若者に希望を与えることから出発し、次世代のグローバルリーダーを育成するTOMODACHIプログラムには、これからも毎年1000人以上が参加する予定だ。