12月14日午後6時30分すぎ、菅義偉首相は政府の新型コロナウイルス対策本部で年末年始のGoToトラベル全国一時停止を表明した。停止に慎重だったはずの菅首相は、いつどんな形で決断したのか。それは2日前に遡る。

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12日(土)午後3時前、菅首相は首相官邸からほど近い衆議院第二議員会館にある自室に厚労省の幹部などを呼び、全国の感染状況について報告を受けると共に、大阪・札幌に加え、東京や名古屋をGoToトラベルの一時停止地域の対象とすべく協議を行っていた。

この時点で菅首相のもとには、当日の新規の感染者数が初めて3000人を超えるのではないかとの情報が入っていた。そのため、厚労省幹部らの協議を終えた菅首相の胸中には、GoToトラベルの全国一斉一時停止が選択として浮上していた。

ただ、この時点で菅首相が行った検討では、全国一斉停止をしても再開のタイミングが難しいことや、全国で停止したとしても感染者が減るきっかけにはならないのではないかという声も考慮し、一時停止の対象は感染が急拡大している大阪、札幌、東京、名古屋に限定するのが現実的ではないかという結論に帰結した。

新規感染者3000人超が確実に…決断の菅首相

しかし菅首相はほどなくして、GoToの全国一斉一時停止という大きな政治決断に舵を切った。この日の新型コロナの新規感染者数が初めて全国で3000人を超えたことが確定したからだ。

菅首相は、それまで専門家らの助言も踏まえ、飲食店の営業時間短縮要請などの効果で「勝負の3週間」の間に感染者数は高止まりから減少傾向に入るのではないかとの見方をとっていた。しかしこの日の感染者数3000人超えによって、予測とは異なり感染の拡大の傾向が続いていることが明白になったのだ。菅首相は胸中でこのように考えたという。

「このままだと3000人が、5000人、6000人と増加していくかもしれない。GoToトラベルを全国で一時停止するのは、今しかない。東京だけで収まるなんていう生やさしいものじゃない」

そして菅首相は誰にも告げず、GoToトラベルの全国一斉停止という政治判断を密かに決意したのだった。

翌13日(日)夕方、菅首相は、加藤官房長官、西村経済再生相、田村厚労相らを首相官邸に呼び対応を協議した。事務方も入れず4人だけの協議だった。この場で菅首相は初めてGoToトラベルの一時停止地域を全国に拡大する考えを閣僚に伝え、水面下で一気に準備が進められることになった。

そして14日夜、菅首相は政府対策本部の会合で全国一斉での一時停止を発表し、決断の理由を記者団にこう説明した。

「(1日の感染者数が)3000人を超える中にあって年末年始というのは集中的に対策を講じられる時期だと思った。3000人、現実的には患者の方が出ていますから、年末年始、集中的に対応できるチャンスという思いの中で私自身は判断しました」

このように菅首相は3000人という言葉を繰り返し強調した。その後、周辺に対して、一人で政治決断をした背景についての悩ましい胸の内を語った。

「GoToトラベルの一時停止と飲食店の時短営業で感染者が少しは減少に向かうと思っていた。しかしそれが拡大を続けた。その批判は一気にGoToトラベルに向かう。世論の7割がGoToトラベルに反対もしている」

首相は世論も意識…周辺は悔しさにじませる

この菅首相の言葉にあるように、決断のもう1つの理由が世論だった。新規感染者が3000人を超えた12日土曜日には、毎日新聞の世論調査の情報がかけめぐり、7割近くがGoToトラベルを中止すべきだと答え、内閣支持率も不支持が支持を上回るという厳しい結果がつきつけられていたのだ。

そもそも菅首相が官房長官時代に自らも主導する形でスタートさせたGoToトラベルは、感染拡大防止策と社会経済活動の両立を目指す内閣の柱となる政策で、利用者も旅行業界も共に恩恵を受けるという点で、世論の理解を得やすい政策のはずだった。

一方でGoToトラベルは7月のスタート以来、感染者の増加につながるのではないかと国会や一部自治体からの批判の対象にもなっていたが、感染者数が落ち着くにつれて批判の声は小さくなっていった。また利用者が増えるにつれて瀕死の状態とも言われた観光業界や観光客を受け入れる自治体からも「助かっています」と言う声が菅首相のもとにも数多く寄せられ、「何があっても継続してほしい」との要望も何度も受けていた。

こうした状況の中で、菅首相も周辺に対し「間違いではなかった」と、ぶれずにGoToトラベル政策を推し進めてきたことに自信を窺わせていた。各国首脳との電話会談でも「日本の封じ込め策は見本としたい」と言う趣旨の話を度々伝えられていたことから、爆発的な感染が続く世界各国の状況から見ても日本はなんとか抑えられているとの自信もあった。

それだけに、感染拡大の第3波の兆候が見え、再びGoToトラベル批判が高まっても、専門家が感染拡大とGoToトラベルの因果関係やエビデンスはないとしていることなどを楯に、観光業界をはじめとした社会経済を支える政策として推し進めてきた。

しかしその思いとは裏腹に、感染者数が第2波のピークをも上回るなど、感染拡大が止まらなくなるにつれて、世論の批判の矛先は一気にGoToトラベルに向かっていった。これについて首相周辺は「経済政策なのにその理解が世論に浸透するどころか菅総理が意地になって進めているように思われてしまっている。GoToで観光業界の多くの現場が救われたはずなのにその声を上げられなかった」と悔しさをにじませた。

菅首相は官房長官時代から世論の温度には極めて敏感で、空気を察知し素早く方針を転換させる独自のアンテナで内閣を支え動いてきた。そして今回、「1日の感染者3000人超」と「世論」という2つのカギを踏まえ、このタイミングで「今しかない」と決断した。その決断はこの先、どう評価されるのだろうか。

(フジテレビ政治部 千田淳一)

千田淳一
千田淳一

FNNワシントン支局長。
1974年岩手県生まれ。福島テレビ・報道番組キャスター、県政キャップ、編集長を務めた。東日本大震災の発災後には、福島第一原発事故の現地取材・報道を指揮する。
フジテレビ入社後には熊本地震を現地取材したほか、報道局政治部への配属以降は、菅官房長官担当を始め、首相官邸、自民党担当、野党キャップなどを担当する。
記者歴は25年。2022年からワシントン支局長。現在は2024年米国大統領選挙に向けた取材や、中国の影響力が強まる国際社会情勢の分析や、安全保障政策などをフィールドワークにしている。