愛知県犬山市で2024年5月、当時7歳の女の子・島崎奈桜さんが命を落とした虐待死事件。内縁の夫からの暴行で体調が悪化した娘を、病院に連れて行かずに死亡させた罪などに問われた母親の島崎みなみ被告(35)の裁判員裁判で、名古屋地裁が言い渡した判決は、懲役7年6カ月の実刑判決だった。
全9回の公判を傍聴する中で見えたのは、取り返しのつかない事態を招いてしまった、母親の後悔だった。
■なぜ娘を救えなかったのか…争点は島崎被告の“認識”
起訴状などによると、島崎被告は2024年3月、奈桜さんの腹部に暴行を加えてケガをさせた傷害罪と、その2カ月後、内縁の夫・倉田凱被告(34)からの暴行で、嘔吐などの体調不良が生じたにもかかわらず、病院を受診させずに死亡させた保護責任者遺棄致死罪に問われていた。
10月13日、約100席の傍聴席が並ぶ名古屋地裁2号法廷。この日開かれた島崎被告の初公判の傍聴席は、ほぼ満席となった。
「奈桜さんの命がなぜ救われなかったのか」
真相を知るべく傍聴人からの注目が集まる中、白いマスクと黒縁メガネの装いで、顔色を変えず、ややうつむきながら法廷に現れた島崎被告。

裁判長から起訴された罪について問われると、保護責任者遺棄致死罪については、無罪を主張する方針を示した。取材にあたった記者たちは、その一報を伝えるべく、一目散に法廷を出て行った。
奈桜さんの死の真相を審理するこの裁判で、主な争点となったのは、島崎被告が事件当時、体調悪化を訴えた奈桜さんを病院に連れて行くべき状態であったかを認識していたかという点だった。
検察側は「倉田被告からの暴行で腹痛を訴えた奈桜さんの吐しゃ物の色が茶褐色だったことをネットで検索し、『内臓損傷が怖くて調べたら、茶色い吐しゃ物はダメだと』というメッセージを倉田被告に送信していた」と指摘した。
また、奈桜さんは過去に児童相談所に一時保護されていたことがあり、そのきっかけとなったのが病院から児童相談所への通報だった。
この点に関して、再び同じ病院に奈桜さんを連れて行けば、児童相談所に通報される恐れがあると認識し、「倉田被告との生活を維持したいという身勝手な考えで、実子の安全を守らなかった意思決定は強い非難に値する」と主張、懲役8年を求刑した。
一方、弁護側は「ネットの検索結果で、茶色の吐しゃ物で糞便臭がするなら、すぐ病院を受診させる必要があると認識したが、吐しゃ物からは糞便臭はせず、直前に奈桜さんが飲んだコーラで茶色になっていて、嘔吐の原因は便秘と誤解していた」と反論。
また、島崎被告への被告人質問では「家を出かけるための準備が嫌で、お腹が痛いと言ってウソをついたと思った」などと証言した。こうした状況などから、弁護側は「診察が必要な状態だと認識していなかった」と主張した。
■有罪立証の決め手は「LINEのやりとり」
しかし、名古屋地裁は判決で、保護責任者遺棄致死罪の成立を認定した。
その根拠の一つとして挙げたのが、検察側が証拠として提出した、事件当時の島崎被告と倉田被告との間で行われたLINEでのメッセージのやりとりだった。

【LINEでのやりとり】
島崎被告:
「寝て起きたら吐いたよ。なお熱出た!一応さ今度からおなか叩くのやめよ。朝がい(倉田凱被告)が怒ったときにつついたでとか思ってないけどさ、お腹痛いとかなると内臓のこととかわからんし無駄に心配になるで。まだ茶色っぽいの吐くし 調べたら茶色の嘔吐はだめって書いたるし怖いで」
倉田被告:
「そうか!前と同じやね?そんなに強くやった覚えないんやけどな」
島崎被告:
「そー、前と違うのは吐いた時のゲロの色くらい!」
梅沢利昭裁判長はこのやりとりに言及し、「島崎被告は倉田被告が奈桜さんに暴行を加えたことを認識していたと認められる」と指摘。
「奈桜さんが腹痛を訴えているのはウソだと思っていたという島崎被告の供述は、倉田被告とのやりとりの内容と矛盾し、信用できない」と切り捨てた。
そして、「日常的な虐待の延長で起きた事件で、意識がなくなるまでの10時間にわたり病院を受診させず、死亡させたことはかなり悪質」などと結論付け、懲役7年6カ月の実刑判決を言い渡した。
島崎被告は、真っすぐ前を見ながら判決文の読み上げに耳を傾けていた。
■「一つ一つの選択を間違えた」…母の後悔
<島崎被告>
「私の一つ一つの選択のミスで、奈桜の命を奪ってしまった。ちゃんとしたお母さんじゃなくてごめんなさい、ちゃんと育ててあげられなくてごめんなさい」
被告人質問で本人の口から出たのは、後悔と謝罪の念だった。
島崎被告は2016年に結婚し、翌年に奈桜さんを出産。愛情を注ぎながら奈桜さんを育ててきたものの、結婚4年目の2020年に離婚。親権は島崎被告が持つようになった。その2年後に、倉田被告との交際が始まったという。
しかし生活を共にする中で、倉田被告による奈桜さんへ暴行が繰り返された。実の子に暴力が振るわれる現実がある中で、なぜ島崎被告は倉田被告と別れなかったのか。
島崎被告は「ちゃんと家族を作れると信じていた。結婚前提だったから、離れようにも頼れる人がいなかった。だんだん奈桜さんも倉田被告に懐いていったし、『倉田奈桜』になれると思っていた」と胸中を明かした。

しかし、その思いは届かず、尊い命が失われた。
法廷には、島崎被告の元夫で、奈桜さんの実の父親も証人として出廷した。衝立に囲われて、表情をうかがうことはできなかったが、我が子を失った悲しみと、怒りを口にした。
<島崎被告の元夫>
「奈桜のことが気に入らないのであれば、私に託してほしかった。いったい誰のための子育てだったのか、怒りがこみ上げます」
そして、元夫は「助けることができなかったという思いがあるなら、島崎被告はどんな処罰でも受け入れると言うはず」と言葉を震わせた。
決して繰り返されてはいけない虐待死事件。梅沢裁判長は判決理由を読み上げた後、島崎被告にこう説諭した。
<梅沢裁判長>
「奈桜さんにとって、あなたは大好きな母だったと思う。奈桜さんが最後、どういう思いでいたのか。あなたが被告人質問の時に『一つ一つの選択を誤った』と言っていたが、どこで選択を誤ってしまったのか。これからも奈桜さんのために考え続けてください」
言葉を詰まらせながら語る裁判長の頬には、涙が伝った。
【取材:今井萌果・斉木敏人】

