創作者として91年の人生を駆け抜けた倉本さん。
UHBが亡くなる1年前にインタビューした中で、知られざる「北の国から」の続編の構想と充実感を語っていました。
「(Q:今後の展望は?)もうあまりないのでは。やはり体が衰えてきた。78歳までは体が動いていた。ぎっくり腰を起こしてから体がダメになった。体のどこかがダメになると人間はもろい」(倉本聰さん)
2025年9月、90歳を迎え、自身の現在地をありのままに語った倉本さん。
ただ、長年手がけた「北の国から」への思いは紡ぎ続けていたと言います。
「続編は一時期、だいぶ考えた。特に田中邦衛さんが亡くなり、邦さんが死ぬドラマをとても書きたかった。最後、そこらへんにしようと思っていた。もう一つは蛍の子ども、快っていうのが出ていたでしょ。それの成長を追いかけるってことはしたかったし、だいぶ考えていた」(倉本さん)
雄大な自然をキャンバスに作品を描き続けてきた倉本さん。
「僕が住んでもう50年。その中で自然は変わらない。感じて書いた。ドラマのネタはいくらでもあった」(倉本さん)
東京から移り住んだ富良野を舞台に、創作とともに自然の保護や後進の育成に全力を注ぎ続けた91年でした。
「充実はしていた。よくやったなと思う。よくやったなというより、よくやれたなと感じる。よく続いたと思う」(倉本さん)
