「心臓移植しか生きる道はない」――26歳でそう告げられた森原大紀さん。移植を待つ日々をそばで支えた母・ゆう子さんも臓器提供をめぐる厳しい現実と向き合ってきた。親子の歩みを通して、移植医療の今と、グリーンリボンに込めた願いを追った。
グリーンリボンを知っていますか?
10月3日、広島市中心部の本通商店街に、緑色の服や帽子などを身につけた人たちが集まった。「移植医療にご理解を!」と書かれた横断幕を掲げて商店街を進んでいく。
グリーンリボンは、移植医療の普及・啓発活動を象徴するマークだ。10月の「臓器移植普及推進月間」に、医師や患者、その関係者などが参加し、移植医療についてもっと知ってほしいと呼びかけた。
参加者の一人、森原ゆう子さんも、かつては移植医療についてよく知らなかった。11年前、息子の大紀さんが病に倒れたことをきっかけに、その現実と向き合うことになった。
「心臓移植しかない」と告げられて
大紀さんは、レスリングの国体選手にも選ばれた屈強な体の持ち主だった。教師として働いていた2015年、26歳のときに原因不明の息切れが続き、体調を崩した。
救急車で運ばれた病院で告げられたのは「特発性拡張型心筋症」。約1万人に1人が発症する難病だった。突然発症することも多く、ほとんどの原因は分かっていない。医師から「心臓移植しか生きる道はない」と言われた。
当時の心境を、大紀さんはこう振り返る。
「何言っているんだろうこの人、みたいな感じだった」
受け入れ難い現実。しかし、心臓の提供者が現れるのを待つしかなかった。
大紀さんは「バド」と呼ばれる補助人工心臓を体に埋め込み、機械が心臓の動きを助ける生活が始まった。24時間を共にするバッテリーとコントローラーが入ったバッグは、大紀さんが生きるために欠かせないものとなった。
日本臓器移植ネットワークによると心臓移植を受けた人の平均的な待機期間は3年9カ月。機械の故障は死につながる。24時間介助人が必要な生活になり、母のゆう子さんは仕事を辞めて大紀さんを支えた。親子で講演を聞きに行くなど、移植医療について学び始めると、さらに厳しい現実に直面する。
臓器提供者数、日本と海外で大きな差
臓器移植とは、病気や事故で臓器の機能が低下し、移植でしか治らない人に、ほかの人の臓器を移植して健康を回復する医療だ。健康な人から臓器の提供を受ける生体移植と、心停止や脳死で亡くなった人から臓器提供を受ける方法がある。
心停止の場合は、眼球、腎臓、膵臓の3つが、脳死の場合はさらに肺、心臓、小腸、肝臓を加えた7つが移植可能となり、一人の体から最大で11人の命を救うことができる。
日本臓器移植ネットワークの調べでは、日本で移植を待っている人は現在約1万7000人。一方、移植を受ける人は年間約550人。移植を受けた人よりも、待ちながら亡くなる人のほうが多いのが現状だ。
海外と比較しても、日本の臓器提供者数は少ない。人口100万人あたり、日本が1.13人なのに対し、移植医療が進むアメリカは49.70人、スペインで53.93人で日本の約50倍に上る。日本は長年“移植医療後進国”ともいわれてきた。
臓器提供の意思は、意思表示カードのほか、運転免許証やマイナンバーカードなどで示すことができる。「提供しない」という意思を示すことも可能だ。2025年の内閣府「移植医療に関する世論調査」によると、日本でも42.4%が「提供したい」と回答するなど、関心は以前より高まっている。しかし、実際に意思表示をしている人は19.9%にとどまっている。
「僕も病気になる前は知らなかった。知らない人がいるからこそ、知る機会をどんどんつくっていかないといけない」
大紀さんは、病気の体をおして普及・啓発活動を始めた。
「誰かの死」で成り立つ臓器提供
大紀さんは街頭活動や普及・啓発イベントの企画を行動に移す。
グリーンリボン推進協会広島支部を立ち上げ、草の根の活動を通して移植医療の現状を伝えた。小学校などで講演活動も行った。そんな大紀さんを母のゆう子さんと妻のリンジーさんが支えた。
臓器提供を待つ日々の中で、ゆう子さんには複雑な思いもあった。自分の息子の命が助かってほしい。一方で、人生の最期に臓器を提供する人とその家族の存在を思わずにはいられなかった。
「命をつないでくださる方がいるわけだし、そこにはきっと悲しみもある」
命をつなぐ臓器提供。それは、誰かの死と、その家族の決断があって成り立つ医療でもある。
4年以上の待機を経て、心臓移植へ
病気が分かってから4年以上が過ぎる中、その日は突然訪れた。
大紀さんにドナーが現れたのだ。
移植手術は無事に成功。大紀さんのそばから、心臓をサポートするバッグがなくなった。退院した大紀さんは移植前には考えられない元気な姿になっていた。
「体を動かしたり、走ったりできるようになったんで、うれしいですね。それが移植医療のすごいところだなと思います」
見違えるような大紀さんの姿を見たゆう子さんは喜びを感じるとともに、病と闘いながら出会ってきた移植を待つ患者仲間にも思いを寄せていた。
「移植医療は、たどり着いたら素晴らしい医療なんですよね。でも、たどり着くまでが本当に大変で、どうなるかが分からない。後に続く人たちがたくさんいますからね」
日本では現在、移植を待ちながら亡くなる人が1週間に約9人いる。
大紀さんとゆう子さんは、その後も自分たちの経験を伝える活動を続け、賛同する仲間を増やしていった。
活動に参加する一人が、原田泰輔さんだ。教師をしていた大紀さんの教え子でもある。
「当時は衝撃的でした。ずっとカバンを持っていたので、ぼくは『カバンが好きな先生』だと思っていた。まさか、補助人工心臓がついていると知ったときは、もう本当にショックというかびっくりだった。何か自分が力になれることはないのかなという思いで活動に参加しました」
まずは知ることから。知ることが何か次の一歩につながる。
臓器提供は「人生最期のボランティア」
大紀さんが移植を待っていた当時に始め、毎年10月に開催してきたグリーンリボンのイベントは、2026年で10年目を迎えた。
10月10日、JR広島駅南口の地下広場で開かれたイベントでは、ステージのスクリーンに、妻の故郷・イギリスで暮らす大紀さんの姿が映し出された。2人の子どもたちも一緒だ。
病気になる前から夢見ていたイギリスでの暮らしという夢をかなえ、家族と過ごす今があるのは、移植手術が成功したからだ。さらに移植によってつながれた命は、子どもたちの命へとつながった。
大紀さんはメッセージ動画でこう呼びかけた。
「このイベントをきっかけに一人でも多くの人が、家族のこと、命のこと、移植医療や臓器提供について、大切な人と考えるきっかけになってくれたらうれしいです」
大紀さんの後を継ぎ、今は原田さんがグリーンリボン推進協会広島支部長として活動をけん引している。
「移植医療で、一人でも多くの方に元気になってほしいという思いで、これからも活動していきたいと思っています。意思表示は臓器提供する、しない、臓器提供を受ける、受けないの4つの権利があります。どれを選んでいただいてもかまいません。イエスでもノーでもいい、それを選択していただければと思っています」
活動のバトンを若い世代につなぐゆう子さんは、激動の10年を経て、伝えたいことがある。
「私は、臓器提供は人生最期のボランティアだと思っています。いろんな考え方があると思うんですけど、臓器提供で助かる人がいる。人生最期のボランティアを考えていただくということは、いろいろな意味で人に対して優しくなれるんじゃないかなと思っています」
(テレビ新広島)

