2026年のノーベル化学賞の受賞決定から1週間が過ぎた10月14日、広島県出身で東京理科大学の硤合憲三(そあい・けんそう)栄誉教授が、テレビ新広島の単独インタビューに応じた。研究者の原点となった故郷での思い出についても語った。
スーパーで買い物中に受賞の知らせ
インタビューは東京理科大学で行われた。
部屋に入ってきた硤合さんは、多忙な日々を感じさせない穏やかな笑顔を見せた。
――よろしくお願いいたします。お忙しい中ありがとうございます。
「こちらこそ、皆さんがお忙しいから。ありがとうございます」
10月7日、ノーベル化学賞の受賞が決まった硤合さん。加藤雅也キャスターが受賞決定の瞬間について尋ねると、意外な場所で知らせを受けたことを明かした。
――受賞決定の一報を受けたときは?
「ちょうど、その日の夕方、夜に近いときに、近所のスーパーで買い物をしていて、電話が鳴った。スウェーデンと書いてあったので出たら、いわゆるノーベル化学賞が決まったということで、大変驚いた次第です」
受賞理由は「不斉自己触媒反応」の発見。アミノ酸などの分子には「右手型」と「左手型」と呼ばれる2つの異なる型があり、硤合さんは、そのうち片方だけを自己触媒させる仕組み「不斉自己触媒反応」を世界で初めて発見した。「ソアイ反応」とも呼ばれ、生命の起源にもつながる研究とされている。
その反応を、硤合さんは身近な例をあげて“広島流”で解説してくれた。
「数の多い方が、どんどん自分で自分をつくって増えていくという反応なんですね。分子の数が右手型が500万個、左手型が500万個あっても、わずかに数個でも差があれば一方ばかりになる。ですから、例えば広島カープのファンが500万人、巨人ファンが500万人いて、その差が数人であっても試合をやるたびに、3回やったらカープが勝つ」
――最初はカープファンがわずかに多いだけでも、試合を重ねるごとに球場がどんどん真っ赤になる?
「反応としてはそうなんです」
原点は広島「お好み焼きは必ず食べます」
受賞決定を受け、出身地の府中町では祝いの懸垂幕が、そして母校の広島大学附属中学・高校では快挙をたたえる横断幕が掲げられた。
世界から注目を集める研究者の原点の一つは、広島で過ごした幼少時代にある。
硤合さんが通った広島大学附属小学校は当時、広島市東千田町にあった広島大学のキャンパス内にあった。そこで目にした光景が、今も心に残っているという。
「帰るときに理学部の建物の裏を1人で歩いていたら、研究に使った材料が置いてあった。昔の話ですよ。その中に、顕微鏡のプレパラートという小さいガラスの板があって、それを見たら、なんかやはりすごく心が落ち着く。そういう意味では理科や研究のほうに、自然に向いていたということはあるかと思いますね」
今はなかなか広島に帰省する予定がないという硤合さん。それでも、広島に帰ったときに必ず食べるものがある。
――広島に帰ったら、必ず食べるものはありますか?
「お好み焼きは必ず食べます。お好み焼きは子どものころから食べていますから。大人になってからも、お好み焼きを食べるとき、お酒は飲まないですね。子どものころからお酒を飲まずに食べているから、お好み焼きのときはお酒を飲むもんじゃないと体が覚えちゃって…」
子どものころから親しんできたお好み焼き。広島のソウルフードが、ノーベル化学賞につながる研究のエネルギー源となっていたかもしれない。
「知りたい」という思いが研究の原動力
ノーベル化学賞の受賞が決まっても、硤合さんの探究心は尽きない。研究を続ける原動力について、加藤キャスターが尋ねた。
――原動力は? 壁にぶつかっても、壁と感じずに積み重ねてこられたのだと思いますが…
「研究自体は、見方によっては壁みたいなものがずっとある。原動力は、知りたい、解明したいというところが一番。基本的には生きがいだろうと思います」
(テレビ新広島)

