※前編より続く。
後継者不足や生活スタイルの変化などで厳しい状況に置かれている日本の伝統工芸。そんな状況を打開しようと福岡の若手博多人形師と日本を代表する佐賀の陶芸家、2人の職人が立ち上がった。
柿右衛門の特長“余白の美”をどう表現?
若手の博多人形師、中村弘峰さん(40)が制作した、柿の実を手にした姿の博多人形。

その博多人形を渡された有田焼の第15代酒井田柿右衛門さん(58)。伝統工芸のコラボもいよいよ佳境に入って来た。

年が変わった2026年6月。柿右衛門窯。バトンを受け取ったかたちの柿右衛門さんが、人形と向き合う。人形は、一度焼かれ、乳白色の艶が出ていた。そこに木の枝や葉が浮かび上がる。

「あんまり細かく描きすぎても、なんかちょっとチラチラするから、ちょっと意外とそうじゃなくて、塗ったほうがいいのかなっていうのをちょっとまだ思っているので、まぁ柿を持っているんで、少しこう上着に柿でもいいのかもしれないですけどね。そこらへんはちょっと…、また考えます」と柿右衛門さんは試行錯誤を重ねていた。

柿右衛門さんが絵付けをするのは、特別な作品だけだ。

そしてついに完成の時を迎えた。有田焼をまとった博多人形の誕生だ。
中村さん) おお、すご。すごい。うわ、めっちゃ可愛い。ありがとうございます!
柿右衛門さん) ちょっと、(中村)弘峰くんの雰囲気と比べるとやっぱりだいぶシンプルな感じですね。どうだろう?
中村さん) めちゃくちゃいいです。これ、このまま本当、博物館に、海外の博物館に行けるやつだと思うんですよ。
柿右衛門さん) だいぶ書き込んでみたこともあったんですけど…。下にも模様入れてみたり、全部、こう変えて、モチーフ変えて、組み合わせてみたりとかしたんだけど、どうもなんかしっくり来なかったんで。

以前、描いていたデザインとは全く違い、柿だけがあしらわれていた。そそてシロクマの体には、野いちごがデザインされ、“余白の美”も十分に感じられる作品になっていた。

更に中村さんが以前、柿右衛門窯で修行をしていたときに使っていた軽トラックが、今も現役で使われていると知って、自分と柿右衛門窯を繋ぐ思い出として拵えた作品。

高級な陶芸のイメージと軽トラ。有田焼でなかなか見ない作品だ。
博多人形×有田焼 生み出された“新しい伝統”
「立体に絵を付けるって、今まであんまりしてなかったんで、慣れなかったけど、何とか刺激にはなりましたね」(第15代 酒井田柿右衛門さん)

「何か今までは、何かこう自分の中でまとめて、自分の中にあるものを表現するっていうだけだったんですけど、新たな感覚っていうのをちょっと引き出さないといけないっていうか。結果としてその引き出したものを使うかどうかってのは、また別なんですけど、1度引き出しを開けたという、それでまたちょっと今後、自分の中で何か変わってくるかもしれないなと思いながらいるんですけど」(第15代 酒井田柿右衛門さん)

「何か新しい感じが凄いです。また僕の作品とも違うテイストなんで、それが面白いですよね。形を僕は結構、拘って作ってて、でも普通のファンの人とか、お客さんとか鑑賞する人は、僕の作品は彩色が一杯、入ってて綺麗でカラフルでっていうところが好きな人が多いんですよね」(博多人形師 中村弘峰さん)

[でも、色って絵の具の色って多分1000年ぐらい経ったら多分、もうなくなるんですよね。でもなんかこの15代の作品は、やっぱり柿右衛門窯って、柿右衛門様式でこう“余白の美”っていうところがあるから、白を多めに残して、僕の作品よりも白が多めで、やっぱりより形がはっきり分かりやすいようになっていて、何かそれでこう僕が本来やりたいその形を綺麗に作って、それを実は大事にしてるってところが、何かより引き出されてる感じで、何かいいなみたいに思いましたね」(博多人形師 中村弘峰さん)

柿右衛門さん) 何かこういうコラボができて、こういう色々作品としても残してもらえることになったんで、何か感慨深いです。
中村さん) いや、もう僕の方こそ、こういうものが作れるような人形師になりましたっていう、何かご報告みたいな感じで。

日本各地で伝統工芸の存続の危機が叫ばれるなか、それぞれの世界観を持つ2人が刺激し合って作品が生まれていく日々。予想していないような作品。しかもその過程で悩みながら作品を生み出していく姿。新しい伝統が作り上げられていく。
(テレビ西日本)

