10年前の熊本地震で犠牲となった大和晃さんが生きた証しとして、家族がつないできた米が、9月に収穫を迎えました。母・忍さんは収穫を喜ぶ一方で、ことし7月、再び熊本を襲った地震の被災者に心を寄せています。
9月、南阿蘇村立野にある田んぼでは、少し早い稲刈りが行われていました。黄金色に実った稲を一つひとつ刈るのは、阿蘇市に住む大和忍さん。10年前の熊本地震で次男・晃さんを亡くしました。
大和さん家族は晃さんが亡くなる前にモミまきを手伝った米を「息子が生きた証し」として、つないできました。おととし9月に夫・卓也さんが亡くなってからは、忍さんの兄・本郷征実さんが米を育てています。
【大和忍さん】
「収穫ができて安心している」
田んぼがあるのは新阿蘇大橋のたもと、10年前、晃さんの捜索を見守った場所のすぐ近くです。
【大和忍さん】
「自分のことしか、当時は考えられなかったので、今回(の熊本地震)で改めて当時のことを重ねながら、被災されている人たちは前を向いて頑張っていると感じた」
忍さんは、当時、自分が抱えていた不安から、今回の被災者へ心を寄せます。
【大和忍さん】「先の見えない絶望の中でたくさんの人が苦しんでいると思う。私も10年前経験してきたし、色んな人から支えてもらって、『いま私たちが10年たってここまで出来ています』と見てもらうことで、私はこれまで支えられた方だが、支える側になれるのかな」
そして、自身の経験を振り返り、ある言葉に注目します。
【大和忍さん】「『復旧・復興』という言葉が時間がたつ中で増えてくる。その言葉の裏側で泣いている人や立ち上がれない人もいる。そんな人たちが『復旧・復興』の言葉に隠れてしまわないように」
道路や橋など、地震からの復旧・復興が目に見えて進む一方で、そのスピードに『心の整理が追いつかない』と話していた大和さん夫婦。
忍さんは「被災者の心が取り残されないように、行政には寄り添ってほしい」と話しました。
