松江市東出雲町の「旧」三菱マヒンドラ農機が、9月30日をもって農業用機械の生産販売事業から撤退しました。
「事業撤退の日」の会社周辺の様子、そして事業撤退に至った経緯を改めて整理してお伝えします。
30日朝の松江市東出雲町。
事業整理の一環で変更した社名は「MAM」。
一部の社員はすでに退職していて、旧「三菱マヒンドラ農機」の本社に向かう人の姿はまばら…。
かつてのような通勤の流れはありません。
農業用機械の生産販売事業から撤退したマヒンドラ。
その最終日だった29日も特段の行事などは行われず、静かな日常の中で淡々と業務を終えました。
今後、会社を解散し、清算手続きに入ります。
旧「三菱マヒンドラ農機」のルーツは1914年、現在の松江市東出雲町で産声を上げた「佐藤商会」。その後、三菱機器販売との合併やインドの農機メーカーとの資本提携などを経て現在に至りました。
農機具メーカーとして国内シェアは第4位、大手メーカー優勢の中でもコストパフォーマンスの優れた製品などで存在感を示してきました。
しかし…。
三菱マヒンドラ農機・齋藤徹社長(当時):
農業用機械事業からの撤退を決定いたしました。
2026年3月、事業から撤退し、会社を解散する方針を表明しました。
三菱マヒンドラ農機・齋藤徹社長(当時):
農機市場の需要の長期的な縮小が見込まれる中で、当社として持続的に安定的な経営を今後も続けていくことは極めて困難であるという判断。
農機市場が縮小する中、ピーク時の1995年に862億円あった売上高は、2025年3月期には376億円と半分以下に、3年連続の赤字に陥っていました。
加えて、ほかの大手メーカーと比べ、輸出の比率が低いことも収益改善が難しい判断材料になりました。
会社は30日午後、コメントを出し「多くのご縁とご支援に心より感謝申し上げます。112年間、本当にありがとうございました」などと綴って地域へのお礼を表していました
ただ、具体的な解散時期については、TSKの取材に対し「現時点で公表できるものはありません」とコメントしています。
