まず1つ目。練習量それ自体が、遺伝で40〜70%説明されることがわかりました。
音楽を何時間練習するかという行動そのものに、強い遺伝の土台があるのです。つまり 「練習を続けられるかどうか」さえも、生まれ持った素質の影響を受けている。なんとも考えさせられる発見ですね。
2つ目は、もっと決め手になりました。一卵性双生児どうしの比べ方です。同じ遺伝子を持ち、同じ家庭で育った一卵性双生児のペアの中に、練習量が大きくちがう組がありました。
生涯の練習時間の差が2万時間を超える組さえあったのです(最大で2万228時間の差。一流の音楽家が生涯に積む練習量を上回る差です)。
もし練習が力を伸ばすのなら、同じペアの中で力に差が出るはずです。ところが一卵性双生児どうしでは、練習量の差の大きさは、リズム・メロディー・ピッチを聞き分ける力の差を説明する理由にはなりませんでした。たくさん練習したほうの子が、よく聞き分けられるようになっていたわけではなかったのです。
3つ目。練習量と音楽の力は、ぱっと見には、一方が増えると、もう一方も増えるという結びつきがありました。ところが遺伝の影響を計算で取りのぞいてみると、このつながりはほとんど消えてしまったのです。
ここから見えてくる才能の考え方は、「遺伝か、経験か」のどちらかではありません。「遺伝が、経験の質まで形づくっている」という見方です。素質のある人は練習を続けやすく、続けやすい人はさらに上達しやすい。素質と練習は、ぐるぐると回りながら切り離せないつながりになっているのです。
「練習に意味がない」わけではない
とはいえ、がっかりすることはありませんよ。モシングらの研究が教えてくれるのは「練習に意味がない」ということではありません。
「練習だけで素質を上回るのは難しい」「自分の素質が活きる場所を選んで、そこで練習を積むのがいちばんむだがない」という、地に足のついた手がかりです。

