熊本市東区に残る戦時中の軍需工場の建物、旧三菱熊本航空機製作所。戦後81年が経ち、その解体が計画される中、戦争の実相を後世に伝える建物として保存に向けた活動が行われています。
熊本市東区の陸上自衛隊健軍駐屯地の敷地内にある重厚な扉に、太い鉄骨の柱の建物。
1942年昭和17年に着工した旧三菱熊本航空機製作所の第一組立工場です。
今は、倉庫などとして使われていますが、陸上自衛隊は、老朽化のため、解体を計画しています。
ことし6月、この建物の保存に向けた活動を行うくまもと戦跡ネットワークなどが市民見学会を開催しました。
工員として働いていた熊本市の101歳の男性も参加し、当時の記憶を語りました。
【元熊本航空機製作所工員 竹本正則さん(101)】
「ここで仕上げて検査して最初の飛行機は、よいしょよいしょと飛行場まで押して、試運転して、合格したら、軍隊に引き渡していた」
終戦までに重爆撃機『飛龍』を46機生産したとされている旧三菱熊本航空機製作所。
『飛龍』の試験飛行場として熊本飛行場を整備。鉄道を引き込み、市電も延伸。広大な田畑だった土地の姿が一変したといいます。
県内で唯一現存する軍需工場の建物。
特徴の一つである三角の連続屋根について見学会に参加した建築の専門家は…。
【崇城大学工学部建築学科 野村 直樹 助教】
「北側から光を取る屋根の形状をしています。一様の光が必要な時に工場などで行われるのが〈北側採光〉というような考え方。電気(照明)がないのに、これほど明るいのかというような印象があった」
この『ノコギリ屋根』のほか、鉄骨の接合にも特徴があり、野村助教は「本物には、文献では分からない重みがある」と話します。
【野村 直樹 助教】
「学生に私もよく、『建物を見てきて』というようなこと言っている。建築的にも珍しいので、体験できるように残っていたらいいなと思う」
戦争の実相を今に伝える貴重な建物。
くまもと戦跡ネットワークは保存や専門調査の実施を求め陸上自衛隊や県などに要望書を提出しました。
【くまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク 高谷 和生 代表】
「戦後81年がたつ中で、二度とこのような悲惨な戦争を起こさないという意味からも戦争に関わるこのような遺跡を丁寧に残すことで記憶の継承。戦争の遺産として残したい」
戦争を知る世代が減る中、『建物が語る力』は重要な役割を担っています。
熊本での要望活動は7月の熊本地震を受けて一旦、凍結状態となっていますが、戦争遺跡保存全国ネットワークは18日、防衛省と文化庁に調査と保存の「要望書」を提出する予定です。
