クマによる人身被害が後を絶たない秋田県。命が助かっても、重い後遺症に苦しむ人は少なくない。こうした現状を変えようと、秋田大学がクマによる外傷の重症化を防ぐプロジェクトを始動した。医療現場で得られた知見を生かし、新たな防護用品や教材の開発に乗り出している。
日常に潜む“クマ災害”
秋田県内では2026年に入り、7人がクマに襲われるなどしてけがを負い、このうち1人が死亡している。
被害の多くは山中ではなく、自宅の敷地内や農作業中など、日常生活の場で発生している。
近年、クマの出没は県民にとって身近な脅威となっており、「いつ、どこで遭遇するか分からない」という不安が広がっている。
救命医療の現場で募った危機感
こうした状況を受け、秋田大学医学部附属病院高度救命救急センターが「クマ外傷重症化軽減プロジェクト」を立ち上げた。
リーダーを務めるのは、中永士師明センター長だ。
センターではこれまで、クマに襲われて重傷を負った患者の治療にあたってきた。多くの患者は一命を取りとめるものの、顔面の変形や機能障害、精神的な苦痛など深刻な後遺症を抱えるケースも少なくない。
患者本人だけでなく家族にも長く影響が及ぶ現実を目の当たりにし、「治療だけでなく、被害そのものを軽くする対策が必要ではないか」という思いがプロジェクト誕生につながった。
重症患者の多くが顔や頭を負傷
センターが2023年から2025年までに治療した重症患者43人を分析したところ、約9割が顔面に、約6割が頭部にけがを負っていた。
クマは立ち上がって前足で攻撃するため、顔や頭が狙われやすいとされる。分析結果は、その特徴を裏付けるものだった。
こうしたデータから見えてきたのが、「顔や頭を守ることができれば重症化を防げる可能性がある」という考えだ。
目指すのは“普段から使える防護用品”
プロジェクトでは、東京都の廣瀬商会と秋田・由利本荘市のグループ会社・廣瀬産業と連携し、顔や頭を守る防護用品の商品化を目指す。
現在試作中なのは帽子と手袋。クマの鋭い爪や牙が貫通しにくい特殊素材を採用している。
特に帽子は、頭部だけでなく首元まで保護できる設計が特徴だ。一方で、防護性能だけを追求するのではなく、普段の生活の中でも違和感なく着用できるデザインを目指している。
クマとの遭遇が山中だけでなく住宅地周辺でも起きるようになった今、日常的に身に着けられる防護用品の必要性が高まっている。
商品開発を担う廣瀬商会と廣瀬産業は、消防の防火服など特殊素材の製品を手がける企業で、その技術を応用して試作を続けているが、クマから身を守るための明確な基準がないことから、試行錯誤が続いているという。
試作品は、秋田・北秋田市にあるクマの動物園「くまくま園」の協力を得て、防護性能などを検証中だ。
行動で命を守るための教材も
プロジェクトの柱は製品開発だけではない。クマに遭遇した際の適切な行動を広く知ってもらうための教材開発にも取り組む。
特に普及を目指すのが、首の後ろで両手を組み、うつぶせになったり体を丸めたりして重要な部位を守る「防御姿勢」だ。
クマによる被害は完全に防ぐことが難しい場合もある。しかし、正しい知識と行動によって被害の程度を軽減できる可能性がある。
「今のうちに防ぎたい」
プロジェクトの資金を集めるため、秋田大学は9月1日からクラウドファンディングを開始した。目標額は500万円で、寄付は10月30日まで受け付ける。
中永センター長は「いかに重症化を減らすかが大事。それによってもっと多くの人を救えるのではないかという思いで立ち上げた」と話す。
さらに、「幸い子供のけがはほとんどないが、子供がけがをすると大ごとになる。今のうちに防ぎたい」と語る。
クマとの遭遇が特別な出来事ではなくなりつつある秋田。医療現場から始まったこの挑戦は、命を救うだけでなく、その後の人生を守るための新たな一歩となりそうだ。
(秋田テレビ)

