明日9月4日、いよいよバレーボールアジア選手権男子大会が開幕する。
優勝すればロサンゼルス五輪出場が決まる大会。ネーションズリーグは4位に終わったが、予選ラウンドでは開幕から負けなしの12連勝。強い日本代表にかかる期待は高い。
だが、チーム内でも豊富な経験を持つミドルブロッカーの山内晶大(32)は、特別に意気込むことも、かといってクールすぎるわけでもなく、平常心で大一番に臨もうとしている。
「初めてオリンピック予選に出た時は、アジアだけでなく海外チームもいろいろ入っていて、そもそも僕自身もどれほどの規模なのかもわからなかった。でも、1位になれば、何位以上になればオリンピックの出場権が獲得できる大会に臨む他国の選手たちは目の色が違う。雰囲気、エナジー、それは明らかにいつもと違うので、受け身になったら負ける。それは今回も同じだと思います」
初心者同然だった代表デビュー
初めて日本代表に選出されたのは2014年。
愛知学院大学在学中の2メートルを超えたミドルブロッカーは、それまで全くの無名だった。バレーボールを始めたのも高校に入ってからで、その高校も全国の強豪と呼ぶには程遠い。
山内自身も「大会に出ていても、それが何の大会だかわかっていなかったし、地区大会で1つ勝てるかどうか、という実力だった」と振り返る。
お世辞にもバレーボールの技術やセンスに長けているわけではなかったが、共に日本代表で戦った先輩や同世代の選手たちともまれるうち、高さという武器に加え、クールな中に秘めた闘志をむき出しにしたプレーで、なくてはならない存在へと駆け上がった。
16年のリオデジャネイロ五輪への挑戦は予選で潰えたが、自国開催の東京五輪に初出場。
23年のパリ五輪予選は2戦目でエジプトによもやの敗戦を喫した後、スロベニア戦にストレート勝ちを収め、劇的な形で本大会出場を決めた。
これが三度目の五輪予選となる山内は、五輪という大舞台をかけた挑戦は、世界ランキングや対戦成績だけでは計り知れない重さがあることを熟知している。
「パリのOQT(オリンピック予選)ではフィンランド、エジプトと戦って、フィンランドには勝ったけど2セットを取った後に2セットを取られた。エジプトにも同じ展開で逆転負け。相手に特別なことをされたわけではないんですけど、自分たちが完全に空回りしてしまいました」
「その経験があるので、僕らは何が起きてもおかしくない、と思って臨めるけれど、全員が全員同じ経験をしているわけではない。実際に体験してみないと理解できないこともあるので、予測できない事態になった時、経験のある選手たちがどれだけコントロールできるか。予選で対戦するバーレーンやオーストラリアは対戦の間隔が空いていたり、そもそもなかったりするので、どんな状況になってもバタバタせず、落ち着いて戦うことが必要だと思っています」
引退決意のパリからロスへ「出し切る」
パリ五輪の開幕前、山内は代表引退も示唆していた。
実際に「やめる」覚悟はあったが、準々決勝でマッチポイントを握りながらイタリアに敗れた悔しさを晴らせるのは五輪だけ。その思いと、大阪ブルテオンでも長年共に戦ってきたロラン・ティリ監督の就任、「必要だから一緒に戦ってほしい」というティリ監督の言葉に動かされ、今季はネーションズリーグからフル稼働する。
代表に選出されても「その先にどうなるかはわからない」とはぐらかしてきたが、五輪がかかるアジア選手権に選出された以上、見据える先は1つ。
「ここまで来たら、最後までやりますよ。オリンピック、そこまでちゃんと見ているし、そこで勝負する気持ちもあります。でも、さすがにロスが最後。28年で全部出し切るために、今ここでしっかり頑張ります」
重ねて来た経験や、磨いてきた技。2年後のロサンゼルスですべて出し切るべく、アジア選手権で何が何でも勝つ。
心の中に炎を燃やし、山内が三度目の五輪を懸けた戦いに臨む。

