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秋田から全国16都道府県20店舗へ。30万円の中古軽バン1台から、 Reキャリーを生んだ20年の創業ストーリー【創業ストーリー第一弾】
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秋田から全国16都道府県20店舗へ。30万円の中古軽バン1台から、 Reキャリーを生んだ20年の創業ストーリー【創業ストーリー第一弾】

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データ提供 PR TIMES
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最初の仕事はタイヤ・ホイールではなく、布団・絨毯の宅配クリーニング。創業20周年を迎えたCARRY GROUPが、現在のReキャリーにたどり着くまで。


2026年、CARRY GROUPは創業20周年を迎えました。


現在、タイヤ・ホイール買取専門店「Reキャリー」を全国16都道府県・20店舗で展開しています。


しかし、2006年の創業当時、タイヤもホイールも扱っていませんでした。


始まりは、約30万円で購入した中古の軽バン1台。


店舗も、知名度も、十分な資金もない中で始めたのは、布団や絨毯をお客様の自宅まで引き取りに行く「宅配クリーニング」でした。


20年後に全国へ店舗を展開することになるとは、当時は想像もしていませんでした。


今回は創業20周年を機に、CARRY GROUPがどのように生まれ、なぜタイヤ・ホイール買取専門店「Reキャリー」へたどり着いたのか。その原点を振り返ります。


⸻


2006年、30万円の中古軽バン1台から始まった

※画像は当時のエピソードを元に制作したイメージです。



創業者が社会に出ようとしていた頃は、就職氷河期。


何十社と採用試験を受けても、なかなか採用通知は届きませんでした。


そこで考えたのが、


「雇ってもらえないなら、自分で仕事をつくる。」


ということでした。


約30万円の中古アクティバンを購入し、布団・絨毯の宅配クリーニングを開始。


お客様の自宅を訪問して布団や絨毯を預かり、クリーニングして再び届ける。


それがCARRY GROUPの最初の仕事でした。


しかし、当然ながら開業しただけで仕事が入ってくるわけではありません。


店舗を借りる資金も、大きな広告を出す資金もありませんでした。


そこでゼンリンの住宅地図を片手に地域を歩き、一軒一軒、お客様を探すところから始めました。


一軒のお客様。


一本の電話。


一件の依頼。


すべては、その積み重ねでした。


⸻


3年かけて、ようやく借りた最初の店舗


独立から3年。


住宅地図を片手に歩き、軽バンで走り回りながら少しずつお客様との信頼を積み重ね、2009年、ようやく最初の店舗を借りることができました。


しかし、店舗を借りるだけで精一杯。


内装業者へ工事を依頼する余裕はありませんでした。


そこで、壁を塗る。


天井を塗る。


カウンターを作る。


看板を取り付ける。


できることは仲間と自分たちの手で行い、約1年をかけて店を形にしていきました。


店は完成しました。


しかし、店をつくればお客様が来てくれるほど、商売は簡単ではありませんでした。


⸻


店が、家になった

※画像は当時のエピソードを元に制作したイメージです。



ようやく構えた小さな店舗。


それでも売上は思うように伸びませんでした。


毎日必死に働いても、手元にお金はほとんど残らない。


仕事が少しずつ軌道に乗り始めるまで、生活にも余裕はありませんでした。


アパートを借りる余裕もなかったため、創業者は店舗で生活することを選びました。


店の床に三つ折りのマットレスを敷いて寝る。


朝になれば、その場所がそのまま職場になる。


夜遅くまで働き、店で眠り、朝になったらまた店を開ける。


そんな生活が続きました。


後に家族から「そろそろアパートを借りたら?」と言われても、


「もう少しだけ、この店で頑張るよ。」


と答えていました。


家を借りることよりも、まず会社を育てることを優先していた時期でした。


⸻


広告費がない。それなら、自分たちで作る


お客様に来てもらうためには、まず自分たちの存在を知ってもらわなければなりません。


しかし、広告会社へ依頼する資金はありませんでした。


そこで思いついたのが、


「自分たちでチラシを作ろう。」


という方法でした。


絵を描くことが好きだった弟に相談し、四コマ漫画を使った宅配クリーニングのチラシを制作。


完成したチラシに期待を込めて、一枚、また一枚と地域へ配りました。


しかし、電話は鳴りませんでした。


第二弾も作りました。

それでも、大きな反応はありませんでした。


だからといって、配ることをやめるわけにはいきません。


⸻


待っていても、お客様は来ない。だから、会いに行った

※画像は当時のエピソードを元に制作したイメージです。


雪の日も、風の日も、毎日チラシを配りました。


店で電話を待っていても、お客様は来ない。


ならば、自分たちから知ってもらいに行く。


一件でも。


一枚でも。


今日配った一枚が、明日の一本の電話につながるかもしれない。


そう考え、軽バンで地域を走り回り、毎日チラシ片手にお客様宅を訪問営業。

留守宅の場合はポストへチラシを入れていきました。


配り終わって家に戻ると、今度は翌日配るチラシの準備です。


両親も一緒になって、何百枚ものチラシを三つ折りにしてくれました。


当時は会社らしい会社ではありませんでした。


家族総出で一枚ずつチラシを折り、一枚ずつ配る。


それがCARRY GROUPの営業活動でした。


⸻


クリーニングを続ける中で見えてきた「別の困りごと」


布団や絨毯の宅配クリーニングでお客様の家を訪問していると、あることに気づき始めました。


家の中には、使わなくなった物がたくさん眠っている。


古い布団。


ブラウン管テレビ。


そして、タイヤや鉄ホイール。


「捨てたいけれど、どう処分したらいいのかわからない」


「処分するにもお金がかかる」


「誰も引き取ってくれない」


そんな声を聞く機会が増えていきました。


そこで考えました。


「困っている人がいるなら、自分たちにできることはないだろうか。」


不要な古布団は回収し、現在使っている布団を洗って届ける。


大きく儲かる仕事ではありません。


それでも、お客様から言われる、


「助かりました。」


という一言が、次の事業を考えるきっかけになっていきました。


⸻


誰も見向きもしない物に、価値があるかもしれない


古い布団。


地上デジタル放送への移行によって不要になっていったブラウン管テレビ。


そして鉄ホイール。


当時は「そんなものは買わない」と言われるような物も少なくありませんでした。


しかし、見方を変えれば、


誰も買ってくれないからこそ、困っている人がいる。


そこに仕事があるのではないかと考えるようになりました。


私たちが見るべきなのは「物」ではなく、その物を前にして困っている「人」なのではないか。


この気づきは、後のReキャリーにつながる大きな原点となりました。


⸻


初めて「広告の力」を実感したブラウン管テレビ回収


店舗を構えてから、クリーニング事業と並行してリサイクル事業にも挑戦しました。


その一つが、ブラウン管テレビの出張回収です。


「処分方法が分からない」


「捨てるにも費用がかかる」


という声に応えようと、回収サービスのチラシを作り、ポスティングしました。


すると、それまでとは明らかに反応が違いました。


電話が鳴り始めたのです。


一台一台、お客様の自宅まで取りに行きました。


手間がかかり、利益もほとんど残らない。


決して「儲かる事業」ではありませんでした。


しかし、この経験から大きなことを学びました。


商売とは、商品を売ることだけではない。

困っている人の問題を解決することでもある。


この考え方が、現在のCARRY GROUPの事業にもつながっています。


⸻


昼は仕事、夜はアルバイト。そして深夜に会社を育てた


少しずつ電話が鳴るようになっても、生活がすぐに楽になったわけではありません。


昼は自分の事業を行い、夜は友人の店で働く。


そんな生活が10年近く続きました。


同級生たちは就職し、役職に就き、家庭を持ち始めていました。


一方で、自分はまだ事業を軌道に乗せるためにもがいている。


焦りがなかったわけではありません。


それでも、夜の仕事が終わると店へ戻りました。


パソコンを開き、コーヒーを淹れ、マーケティングの勉強をする。


ダン・ケネディやジェイ・エイブラハムなどのマーケティング教材を何度も読み、広告の文章を書き、コピーを考え、また作り直す。


誰かが経営の正解を教えてくれる環境ではありませんでした。


だからこそ、本や教材から学び、実践し、失敗して、また改善することを繰り返しました。


仕事は昼にした。

会社は夜に育てた。


そんな時代でした。


⸻


お金がないなら、知恵を使う

※画像は当時のエピソードを元に制作したイメージです。


やがてインターネットが普及し始めました。


広告費を十分に使えない会社にとって、インターネットは大きな可能性を持っていました。


何年も前から自分たちでホームページを作り、ブログを書き始めていました。


毎日記事を書く。


アクセスを見る。


問い合わせを見る。


反応がなければ、また改善する。


売上がほとんどなかった頃から、コツコツと情報発信を続けました。


すると、ある変化が起きます。


数ある記事の中でも、タイヤ・ホイールについて書いた記事が特によく読まれていたのです。


そして、


「このホイールは買ってもらえますか?」


「鉄ホイールでも大丈夫ですか?」


「古いホイールでも値段はつきますか?」


「傷があっても買い取ってもらえますか?」


といった問い合わせが増えていきました。


アクセス数が増える。


問い合わせが増える。


データを見れば見るほど、お客様が求めているものが見えてきました。


タイヤとホイールでした。


⸻


答えは、最初からお客様の中にあった


タイヤ・ホイールに関する情報を発信し、問い合わせに応えていく。


すると、事業は大きく動き始めました。


売上は倍になりました。


翌年は、さらに倍。


その次の年も伸びていきました。


しかし、この時に得たものは、売上だけではありません。


それまで漠然としていた、


「お客様は何に困っているのか」


が、はっきり見えるようになったことでした。


お客様が探していたのは、単にタイヤやホイールを買い取る店ではありませんでした。


「これは売れるのだろうか」


「処分するしかないのだろうか」


「どこへ持っていけばいいのだろうか」


そんな疑問や困りごとに答えてくれる存在を求めていたのです。


創業当初、布団・絨毯を引き取りに軽バンでお客様宅を回っていた頃から、実はやっていることは変わっていませんでした。


困っている人のところへ行き、できる方法を考える。


扱う物は変わっても、この考え方は変わりません。


そして、この気づきから、現在のタイヤ・ホイール買取専門店「Reキャリー」へとつながる道が始まりました。


⸻


30万円の軽バンから始まった挑戦は、次のステージへ


2006年。


30万円の中古軽バン1台。


布団と絨毯の宅配クリーニング。


住宅地図を持って歩き、自作したチラシを配り、店の床で眠りながら続けた小さな事業。


その中で見つけたのは、特別なビジネスモデルではありませんでした。


目の前にいる「困っている人」を見ること。


それが、CARRY GROUPの原点です。


2026年現在、タイヤ・ホイール買取専門店「Reキャリー」は、全国16都道府県・20店舗へと広がりました。


しかし、20店舗はゴールではありません。


20年前、軽バン1台で地域を走り回っていた頃と同じように、全国にはまだ私たちが知らない「困った」があると考えています。


30万円の軽バン1台から始まった挑戦が、なぜ全国へ広がることになったのか。


その物語は、次の20年へと続いていきます。


【創業ストーリー第二弾へ続く】


⸻


CARRY GROUPについて


CARRY GROUPは2006年、布団・絨毯の宅配クリーニング事業からスタートしました。


現在は、タイヤ・ホイール買取専門店「Reキャリー」を全国16都道府県・20店舗で展開しています。


アルミホイールはもちろん、純正スチールホイール、タイヤ付きホイール、新車外しホイールなど幅広い商品の査定・買取に対応。


創業以来大切にしてきた「お客様の困りごとを解決する」という考え方のもと、タイヤ・ホイールのリユースを通じて「捨てる前に相談する」という選択肢を全国へ広げています。


会社概要

CARRY GROUP代表 岡部


会社名:CARRY GROUP株式会社

代表取締役:岡部 佑太

サービス名:タイヤ・ホイール買取専門店Reキャリー

創業:2006年

事業内容:タイヤ・ホイールの買取・販売ほか

店舗展開:全国16都道府県・20店舗

Webサイト:https://recarry.work





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