7月28日に発生した熊本地震から2週間が経過した。地震発生から時間が経過した現在も、倒壊した家屋や大きく沈下・地割れした道路が手つかずのまま残されている。食料はあるが、圧倒的に人手が足りない現場。震災から1週間後に被災地入りした記者が現状をリポートする。

手つかずのまま残る被害 

震度7を観測した氷川町。

この記事の画像(12枚)

町内を車で走っていると、いたるところで家屋が倒壊している。

町内の「護念寺」では、モノが散乱し、本堂や厨房は足の踏み場もない状態だった。金属製のシェルフには転倒防止のためにつっかえ棒を設置していたが全く役に立たず、倒れたという。
地震発生時、副住職の西正樹さんは子どもと一緒にかき氷屋に向かっていたと話す。

護念寺の副住職 西正樹さん:
揺れが収まってかき氷屋をみたら潰れていて、もう少し早く着いていたら僕らもどうなっていたか分からなかった。一番はやっぱり命があってよかった。それに尽きる。

同じく震度7を観測した宇城市。

小川町商店街では、道路や建物が約1m沈下して傾いていた。

インターチェンジや大型商業施設につながる幹線道路でも道路が崩れているが、被災後も危険な状態のまま多くの人が利用しているという。

震度6強を観測した八代市鏡町では、90代の夫婦が家の片付けをしていた。築90年の家は壁が大きく傾き柱も倒れていた。夫婦は「無我夢中で柱にしがみついていた。何も分からなかった」「10年前の熊本地震は大したことなかったから、安心していた。まさかこうなるとは」と話す。

被災地では道路や家屋の崩壊が目立つが、一見無事に見える家屋でも中に入ると壊滅している状態だった。

深刻な被害と猛暑・断水の三重苦

被災地にさらなる追い打ちをかけているのが、連続する猛暑と断水だ。

県内では40度を超える酷暑日を記録する中、屋根の応急処置が行われていた。屋根をブルーシートで被わないと、雨が降ったときに浸水するためだ。
瓦職人は30分から1時間ほどで屋根から降りて水分補給しているという。

また、各地で災害ゴミの回収作業が始まっている。
八代市の災害ゴミ回収では、受付開始前から約200台の車が並び、約2時間半の待ち時間が発生している。

並んでいる人:
2時間で100メートルしか進んでいない。これから何時間かかるのか。ガソリンが足りなくなる。

また、断水による水不足も深刻だ。自治体や自衛隊による給水支援が行われているが、「毎日お風呂に入れない」といった疲弊の声が聞かれる。連日の猛暑と水不足は、被災者の体力を着実に奪っている。
陸上自衛隊都城駐屯地の赤木亮太二等陸曹は、「暑さでメンタルが厳しい状況になっているので、すこしでも助けになれば」と話す。

今回初めて派遣された県薬剤師会のモバイルファーマシーでは、課題も見つかった。

県薬剤師会 井上尚彦常務理事:
40℃を超えた日に電気系統が壊れ、車内のエアコンが使えない状況。暑さが想定できてなかったのかな。

早く復旧を進めたいという思いの一方で、容赦ない暑さと水不足が被災した人たちの体力をじわじわと奪っていた。

避難者支援を阻む深刻な人手不足

復旧作業が進む一方で、支援のあり方における新たな課題も見えてきた。

食料などの支援物資は現地へ届いているものの、それを必要とする人へ行き渡らせるための「マンパワー」が圧倒的に不足している。

今回大きな被害があったエリアは高齢者が多く、物資を取りに行くことができない人も多いということだ。物資の仕分けや家の片付けなどにも人が足りていない状況で、多くの被災者がマンパワーを必要としていた。
これからの支援のありかたを考える必要がある。

(テレビ宮崎)

テレビ宮崎
テレビ宮崎

宮崎の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。