2026年8月15日で終戦から81年。終戦の間際、広島に投下された原子爆弾によって被爆し、現在は岩手県で暮らしている人たちがいます。今も被爆の体験に向き合い、強く平和を願い続けています。

広島への原爆投下から2026年で81年、8月6日の平和記念式典には被爆者や遺族、121の国と地域の代表など約5万人が参列し、祈りを捧げました。

その広島で被爆を体験し、現在、岩手県で暮らす人がいます。三田健二郎さん、89歳。妻とともに盛岡市内の老人ホームで生活しています。

広島で生まれた三田さんは、小学2年生の時、爆心地から約2キロの地点で被爆しました。

三田健二郎さん
「ちょうど8時15分のその時は、学校に行って、校舎からグラウンドに出ようとした瞬間にバーッときた、ピカーッと」

太平洋戦争末期の1945年8月6日、アメリカは広島に原爆を投下。三田さんはこのきのこ雲の下にいたのです。
広島の原爆でこの年亡くなった人は14万人と推計されています。

三田健二郎さん
「ピカーッはたしかに強い光で真っ白になって、何だと思っているうちに爆風が来て、それからちょっと記憶がないというか気を失っていた」

意識を取り戻した時には、それまで響いていたセミの声すら聞こえない異様な空間が広がっていたといいます。

三田健二郎さん
「薄暗くなって音も何にもしなくなり、世の中が終わる時はこういう状態かと思った」

その日、広島市内には2人の弟と母親がいましたが奇跡的に無事で、仕事や疎開で広島を離れていた父と他のきょうだいも被害を免れました。

その後、父の転勤で盛岡に移り住んだ三田さんは、大学卒業後は保健体育の教師の道を歩みました。

退職後、県の原爆被害者団体協議会=被団協の活動に参加し、現在は会長を務めている三田さん。
かつては多くの犠牲があった中、生き残ったことへの複雑な思いもあり、体験を語ることはほとんどありませんでしたが、思いは次第に変化していきました。

三田健二郎さん
「戦争が二度と起こらないようにという気持ちが強くなってきた。被爆した人はだんだんいなくなってきている」

年々少なくなっている被爆の体験者。県内には2026年で100歳を迎えた人がいます。
一関市在住の小岩徳子さんです。「よく長生きしたもんだと思うね、自分でも」と話します。

戦時中、看護婦として岩手県から山口県岩国市の海軍病院に派遣されていた小岩さん。
広島に原爆が投下されると、病院には次々に被爆した人が運ばれてきたといいます。

小岩徳子さん
「(被爆者は)外科病棟に運ばれたようだった。やはり運ばれてきてもだめだった、生きられなかった、結局」

小岩さんが2007年に原爆投下後の記憶をつづった手記には、次のように書かれています。
「医薬品も欠乏しており、やけどがひどく、手の施しようもない有様」
「高熱で苦痛を訴え頭髪が抜け落ちたり、ウジがわいたり、見るに堪えない悲惨な状態」

しかしその記憶は今、断片的にしか残っていないと言います。

小岩徳子さん
「もうすっかり何にも分からなくなったね、最近特に」

小岩さんの長男・正幸さんは過去に母から壮絶な体験を聞かされたと話します。

小岩さんの次男・正幸さん
「1日に何人も火葬したみたいな話は聞いていた。想像を絶するんだと思う。とんでもない中で生きていたんだと思う」

救護活動をする中で放射線を浴びた「3号被爆者」に当たる小岩さん。
自身の健康被害はなかった一方、友人の看護婦は白血病で亡くなりました。
記憶が薄れる中でも、胸には強い思いがあります。

小岩徳子さん
「戦争はやるべきではない」

県の被団協の会長を務める三田さんは、8月8日に二戸市を訪れました。
県被団協では2026年、原爆を次の世代に伝えようと、体験を語る会を積極的に開いています。

岩手在住の被爆者はかつて200人以上いましたが、2026年8月時点では12人となり、このうち体験を語れる人は3人だけです。

三田さんは放射能の恐ろしさや、被爆体験に向き合う苦しさを率直に語ります。

三田健二郎さん
「放射能の影響で白血病が起こる、髪が抜けたり血を吐いたり、色々な症状が出てくるが、それにかかったとあちこちであった」
「実は最初思ったのが(被爆した)思いを引きずって生きていられない。全部忘れたいと思った、正直なところ」

三田さんは平和への強い思いを若者たちに託しました。

三田健二郎さん
「この後の世界は皆さんの時代のはずだから、私が伝えることはこれくらいにして、若い人に託すという気持ちが強い」

思いは、しっかりと伝わっていました。

高校2年生
「痛々しいお話もちゃんと聞けて思いが伝わってきた。学校でも友達と一緒に話して広めていきたい」

30代
「日本人として忘れてはいけないものだと再認識した。どうやって私の下の世代に伝えていくか考えていこうかなと」

三田さんが願うのは戦争のない希望あふれる世界です。

三田健二郎さん
「希望の持てる世界をつくり出していく思いをみんなが持ってもらいたい。私たちの願い。今後はいつまでか分からないが自分の活動できる間は続けていきたい」

終戦から81年。いかに平和を守り続けるのかーー。
その問いは今を生きる私たちに託されています。

岩手めんこいテレビ
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