日本海の名称をめぐり、韓国が自国内での呼称「東海(トンヘ)」を併記するよう国際的に求めている問題で、IHO=国際水路機関が「日本海」を唯一の名称とする従来の海図作製のガイドラインを維持する見通しとなった。

この記事の画像(8枚)

加藤官房長官は「評価する」と述べたが、日本はもとより国際的にも妥当な判断と言える話だろう。一方で、30年近くにわたり主張を通そうとしてきた韓国はさぞ落胆しているだろうと思いきや、「日本の主張が弱まる効果が期待される」(聯合ニュース)などと、こちらも「評価する」雰囲気で、日韓双方が「評価する」不思議な事態となっている。

韓国側の評価の背景には、今回新たに提示されたデジタル版海図の扱いがあるのだが、取材を進めると、どうやら韓国が誤解している、あるいは自らに不都合な事実を故意に無視しようとしているようにも見える部分が見え隠れする。

誤解1:「“アナログ版”がなくなる」わけではない

いわゆる「日本海呼称問題」の舞台となっているのは、IHOが発行している「大洋と海の境界」という文書だ。地球上の「海の境界」を示し、各国が公式の海図を作成する際のガイドラインとなる文書だが、最新の「第3版」が1953年に刊行されてから半世紀以上が過ぎ、「海の境界」が微妙に変わっていることやデジタル時代の到来を受け、今回のIHO総会で新たに「デジタル版」を発行する方針が固まった。

IHO「大洋と海の境界」

「デジタル版」では、海を名前ではなく数字で表記することとなった。まだ詳細な仕様が決まったわけではないが、政府関係者への取材をもとに想像すると、山手線の東京駅を「JY01」とする「駅ナンバリング」のように、例えば「太平洋=01、大西洋=02…」といった感じで記載することになりそうだ。

海上保安庁HP より

これをもって、韓国では「『大洋と海の境界』から『日本海』の名称がなくなる」と評価しているようだが、これは誤解である。茂木外務大臣が記者会見で「紙の方は日本海が残る」と述べた通りで、IHOは、「新たにデジタル版を作る」としているものの「既に刊行されている『大洋と海の境界』を破棄する」とは言っていない。加藤官房長官は、「報告書は、国際的に確立された唯一の名称として日本海を使用してきたガイドラインを引き続きIHO出版物として公に利用可能と記載している」と述べている。つまり、1953年発行の文書「大洋と海の境界 第3版」は公に利用できる、事実上有効なものとして残るわけだ。

誤解2:「“東海”表記を拡散する新たな枠組みができた」わけではない

これまで、文書では海の名称を示し、その範囲は陸の名称を基準に緯度と経度を用いて示してきた。例えば、日本海の「東端」は、「津軽海峡。東経141度28分の尻屋崎(※編注:青森県の下北半島東端)から北緯41度48分の恵山岬(※編注:北海道の渡島半島=亀田半島の東端)まで」と定められている。つまり、津軽海峡の中央で日本海と太平洋に分かれているのではなく、国際基準では津軽海峡全体が日本海に属しているとわかるのだが、文章だと地図に落とし込まねば視覚化が難しいものの、デジタル化によって数値で示されることで境界を具体的に把握しやすくなることが想定される。

今後、海の境界に変化があれば「デジタル版」を改訂していくことになるが、このデジタル版には「海の名称」は掲載されない。そもそもIHOは水路に関する国際機関であり、地名を決めることを目的としていないが、1953年発行の文書「大洋と海の境界 第3版」は改訂されずに残り続けるので、国際的にユーラシア大陸と日本列島に挟まれた海は「日本海」の名から変わることがない一方、「東海」を「大洋と海の境界」に掲載することは、デジタル化と「海ナンバリング」によってその道を断たれたと言える。

IHO=国際水路機関のHP

誤解3:「日本が“東海”を日本海だと主張するのは難しくなる」わけではない

韓国メディアの中には「デジタル化と海の数字表記で、日本がIHOの表記を根拠に“東海”を日本海だと主張するのは難しくなるだろう」と報じているものもある。たしかに、海を数字で称するデジタル版は根拠にしようもないが、既に述べた通り文書は更新されずに残るので、IHOの表記は「日本海」から変わらない。そもそも、日本海の名称が「日本海」であることは、世界各国に残る古地図等からも自明であり、IHOによる表記にのみ依拠しているわけでは全くない。

外務省HPより

また、韓国政府は、「新しい標準(※編注:デジタル版)への移行に伴い、日本が主張する『日本海』との名称は、標準としての格が下がる」と述べているが、デジタル版は海の名称について触れないのだから、海の名称としての国際標準に影響するものではない。

「日本海呼称問題」の今後

以上の通り、韓国は誤解あるいは曲解をしていると思われるが、一体どういう理屈でそうしたのか、外務省はじめ日本政府関係者に取材をしたが、一様に「韓国の立場では批判すべき内容だと思うが、なぜ評価しているのかがわからない」という反応だった。

ある政府関係者は「30年近く“東海”を国際標準にすると国民に宣言してきて、いまさら『IHOでは日本海のままになりました』とは国内世論を考えればとてもじゃないけど言えないだろう。今回のIHO方針を誤解しているわけではなく、韓国政府にとって都合の良いように曲解しているのだろう。いつものことだ」と分析している。

1992年に韓国が「日本海呼称問題」を主張して以降、日本政府は国際場裡での説明や韓国の主張の問題点(韓国が根拠とする史料数等の事実関係の誤りの指摘や反論)等を行い、外務省のホームページでも国連および各国の見解や歴史的史料に関する情報発信に努めてきた。そして今回のIHOの方針決定に至ったのだが、相手はあの韓国である。これで問題が片付いたと考えるのは早計だろう。実際、韓国政府は、今後も外国政府や民間を対象に東海(トンヘ)の名称を拡散する努力を続ける方針だ。

それだけに、改めて「日本海」という呼称が国際社会でどのようにして定着したのかを、しっかりと確認する良い機会かもしれない。

<日本政府の取り組み>

外務省「日本海呼称問題」

海上保安庁「日本海呼称について」