本だけでなく椅子にも注目 アートな名品50脚
図書館に並ぶ椅子の時価が、1脚50万円を超える。
島根・安来市の市立図書館には、ニューヨーク近代美術館にも収蔵されるような世界的名品のデザイナーズチェアが50脚も置かれている。
しかもその事実は、長年通い続ける常連利用者すら知らないほど「秘かに」導入されたものだった。
本を借りるだけでなく、ゆったりとした時間を過ごせる「滞在型図書館」を目指す安来市立図書館の知られざるこだわりに迫った。
蔵書17万冊 山陰トップクラスの『活字空間』」
安来市立図書館は2004年、たたら製鉄をテーマにした「和鋼博物館」の開館にあわせて移転オープンした。
蔵書数は約17万冊で、人口1人あたりで見ると山陰の市立図書館の中でトップクラスを誇る。
館内はまるでカフェのような雰囲気だ。
木のぬくもりを感じる読書スペースに中海を一望できるラウンジ、広い窓から四季折々の風景を楽しめる空間。
「滞在型の図書館を目指していて、コンセプトは『ようこそくつろぎの活字空間へ』」と、湯浅哲司館長は語る。

実は時価50万円超…図書館にひそかに並ぶ世界的デザイナーズチェア
この図書館の最大のこだわりが、館内に配置された椅子だ。
シンプルで優しいデザイン、木の質感を活かした親しみのあるフォルム。
それぞれ趣が異なる椅子が、読書スペースやラウンジに自然な形で置かれている。
中でも最も高価なのが「チャイナチェア」である。
1947年に北欧デンマークで発表されたこの椅子は、デザイナーのハンス・ウェグナーが中国の椅子に着想を得てデザインしたもの。
安来市教育委員会事務局、教育部文化課の岩成なつみさんによると「時価で言うと50万は超えるような価値の椅子」だという。
ヴィンテージ家具として高値がつくこともあり、新品だと100万円を超えるものもあるという。
また、フィンランドの建築家、アルヴァ・アールトが手がけたアームチェアも館内に置かれており、こちらも時価30万円を超えることがある。
実際に座った取材者は「腕の部分がなじみます。座り心地いいですね」と感想を述べた。
座面は定期的に張り替えるなど、メンテナンスも行き届いている。

「公共図書館にも良い椅子が必要だ」 一人の建築家の理念から生まれた特別な読書空間
館内に置かれたデザイナーズチェアは合計50脚。
その総時価は数百万円にのぼる。
「ニューヨーク近代美術館に入っている椅子たち、歴史的に評価されていたり名品として、あるいは世界中で親しまれているような椅子を選んでいる」と、岩成さんは選定の基準を説明する。
これほどのこだわりが生まれた背景には、一人の建築家の言葉がある。
「公共図書館にも良い椅子が必要だ」
隣接する和鋼博物館の設計を担当した建築家・宮脇檀氏の言葉だ。
これを当時の市職員が受け止め、図書館の建設にあわせて、こだわりの椅子を導入したのだという。

先入観を入れないように“あえて”公言せず
時価数百万円相当のデザイナーズチェアが並ぶことは、積極的にPRされていない。
「敢えて宣伝は行っていない」と岩成さん。
その理由は、利用者に「先入観を入れないように」するためだ。
「自分の価値観で好きな椅子を選んでもらえたらそれが一番嬉しい」…誰にも縛られず、心を解き放してほしいという思いが込められている。
その結果、毎日図書館に通うという常連利用者も、椅子の価値を知らないまま座り続けていた。
時価50万以上すると知っていたかと尋ねると、「いやそれは……あ、そうなんですか。ちょっと……えー……よくわからないですね」と絶句。
別の利用者も「まったく知らなかった。ちょっと次回から座るのに勇気がいる」と苦笑いを浮かべた。

本を読む人も読まない人もくつろげる「滞在型図書館」へ
「本を読んでもらうのはもとより、そうでなくても庭を眺めてもらったり、そういったことで本当にゆったりとした豊かな時間を過ごしていただくというのが一番良いかなと思っている」と、湯浅館長は図書館のあるべき姿を語る。
「本を借りる場所」から「くつろぎの空間」へ。
安来市立図書館は、世界に認められた名品の椅子に静かに座りながら、訪れる人それぞれが思い思いの時間を過ごせる場所であり続ける。


