「本当に売れるのか…」から一転ベストセラーへ 小泉セツの回想録に注文殺到
ドラマ放送が決まる前から動いていた企画が、まさかのベストセラーに化けた。
島根・松江市の出版社「ハーベスト出版」が刊行した小泉セツの回想録『思ひ出の記』が、NHKのテレビドラマ「ばけばけ」の放送効果を受けて全国から注文が殺到。
発行部数は約2万2000部に達し、同社歴代最多だった約1万部を大きく塗り替える異例のヒットとなっている。
社員20人ほどの地方小出版社が「本当に売れるのか」と半信半疑で動き出した本が、なぜここまで読まれるようになったのか。
小泉八雲の妻・セツの回想録 主題歌にも影響を与えた一冊
松江市内の書店では今、話題作が並ぶコーナーの一角に『思ひ出の記』が積まれている。
小泉八雲の妻・セツが、八雲との結婚生活や自身の生い立ちを振り返った回想録だ。
『思ひ出の記』は、国内では1914年に「伝記 小泉八雲」に短編として収録され、2003年に単独作品として出版された。
その後は絶版となっていたが、八雲の「怪談」出版120年に合わせ、2024年に新装版が刊行されている。
ドラマ「ばけばけ」の主題歌を担当した「ハンバートハンバート」も、この本から楽曲の着想を得たと明かしている。
編集担当の沖田知也さんは「ドラマが終わってからずっと変わらず全国からご注文いただいている。想像以上の反響でびっくりしてます」と話す。
ドラマ終了から約3か月が経った今も、注文は途絶えていない。

無料で読める時代に“手に取る一冊”へ…表紙デザインと現代語訳で勝負した地方出版社の挑戦
社内には印刷室があり、追加注文に応えるため印刷機が稼働し続けた。
印刷製本課の谷口寧課長は「かなり忙しくて時間が…刷っても刷ってもでした」と振り返る。
ピーク時には3日に1回のペースで増刷を行い、社員全員が対応に追われた。
装丁を担当した宮廻由希子さんも、表紙デザインには相当な時間をかけた。
「粘って粘って、結局5か月ぐらいかけて。調べたら2年前の5月から9月ぐらいにこの案に決まった」と語り、採用されなかったデザイン案も複数残っている。
『思ひ出の記』は著作権が消滅しており、インターネット上で無料公開されている作品だ。
タダで読める本をどうすれば手に取ってもらえるか 表紙デザインに頭を悩ませただけでなく、旧版にはなかった現代語訳や注釈を追加し、若い世代も読みやすいよう工夫した。

「ここまで売れるとは」関係者も驚き…ドラマ決定前から動き出した一冊が想定外の大ヒット
この本の出版を持ち掛けたのは、小泉八雲記念館の小泉凡館長だ。
しかし実は、企画が動き出した時点では、ドラマ「ばけばけ」の放送はまだ決まっていなかった。
セツの存在は当時、広く知られているわけでもなかった。
小泉館長自身も「ここまで買って読んでくださると思ってなかったので、驚きと、とても嬉しいです」と、今の反響を想定外と表現する。
持ち掛けられたハーベスト出版の糸川和浩社長も「『これ本当に売れるのか…』と思っていた。この企画書は没にしようかという気持ちを持っていた」と、当初は懐疑的だったと振り返る。

小さな出版社の挑戦が大きな成果に 「大手が出しづらい本を届けるのが私たちの役割」
それでも最終的に出版を決断した背景には、地方の小さな出版社としての「矜持」があった。
糸川社長は「私たちがこうやって出版している本は、大手の出版社はなかなか出しづらい。そんなに売れないかもしれないっていうのが元々のスタートじゃないかなと思う。島根、山陰、この地域のものを全国に、あるいは世界に発信できたら」と語る。
歴代最多だった約1万部を倍以上を上回る約2万2000部という数字は、その矜持が形になった結果といえる。
6月は「小泉八雲月間」として観光面でもドラマ効果を活用しようという取り組みが進む松江市。
ドラマのブームが去った今も注文が続く『思ひ出の記』は、地域の文化を掘り起こし全国へ届けようとする小さな出版社の姿勢そのものを体現している。


