7月のアメリカの雇用統計は、 就業者数が市場の増加予想に反し前月から減少した。FRB(連邦準備制度理事会)の9月利上げ観測は後退し、外国為替市場の円相場は一時1ドル=156円60銭台まで上昇した。

10万人余り下振れした雇用者数

7日に発表された7月の雇用統計では、非農業部門の雇用者数が前月比2万3000人減と、5カ月ぶりに減少に転じた。事前の市場予想は8万人増だったので、10万人余り下振れしたことになる。振れ幅は2月以来の大きさだ。過去2カ月分の雇用者数も、​これまでの公表値からあわせて10万人を超える大幅な下方修正となった。失業率は4.1%で、6月の4.2%から低下したが、トランプ政権による移民制限やベビーブーマー世代の退職の影響が大きいとみられ、労働参加率は61.4%と、約5年半ぶりの低水準に迫った。

労働市場に予想外の弱さが見られたことは、FRBの早期利上げ論に水を差す内容となった。金利先物の値動きからアメリカの金融政策を予測するCME(シカゴ・マーカンタイル取引所)の「Fedウオッチ」では、9月15〜16日に開かれる次回のFOMC(連邦公開市場委員会)では金利を据え置くとの予想が5割を超え、4割となった利上げ予想を逆転した。両者の逆転は7月半ば以来だ。

FRBの早期利上げ論は後退
FRBの早期利上げ論は後退
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これまでFRBがインフレ警戒に注力するとみられていた背景には、雇用情勢の底堅さがあった。7月の会合では、政策金利の据え置きを決めたが、3人の地区連銀総裁が反対票を投じて0.25%の利上げを主張、据え置きに賛成したクック理事も5日の講演で、インフレ加速のリスクは雇用失速のリスクより大きいとの見解を示したうえで「必要なら利上げを支持する」と語っていた。今回の統計​内容が労働環境の堅調な推移に疑問を投げかけたことで、利上げ論の前提が揺らぎ、早期の利上げに踏み切りにくいとする見方が勢いをつけた。

数分で1円60銭急伸も伸び悩み

アメリカの早期利上げ観測の後退を受けて、外国為替市場の円相場は円が上昇する展開となった。ニューヨーク市場では、7日朝、1ドル=158円30銭台で推移していたが、雇用統計の発表直後、数分間で1円60銭ほど急伸し、一時、156円60銭台をつけた。

7日、156円60銭台まで急速に円高が進んだ
7日、156円60銭台まで急速に円高が進んだ

“雇用統計サプライズ”が円相場に与えた影響は、「円買い」というより「ドル買いの巻き戻し」だった面が強いとみられている。7日のニューヨーク市場の円相場は、統計公表後のドル売り・円買いが一巡すると再び円売り圧力が高まって、157円台後半まで戻し、円の伸び悩みが浮き彫りになった。ユーロが統計発表直後に1ユーロ=1.153ドル付近から1.158ドル近辺にまで上昇し、以降も相対的に高値圏を維持しているのとは対照的だ。

政府・日銀が4月~5月の大型連休中に実施した円買い介入は、3日間であわせて11兆7000億円を超える規模だったことが明らかになった。4月30日は6兆2787億円と、1日あたり最大の投入額となったほか、5月4日は7802億円、6日は4兆6759億円だった。

4月下旬には1ドル=160円台後半まで円安が進んでいた円相場は、30日以降の介入により、一時155円台に反転した。しかし、その後は再び円売りが強まり、7月下旬には164円に迫って約40年ぶりの水準をつけ、政府・日銀は7月30日から連日で円買い介入を実施、アメリカとの異例の協調介入にも踏み切った。円相場は、協調介入後の3日には一時155円台前半まで上昇したものの、その水準を直近のピークに、上値の重さが目立つ展開となっている。

2年前の円高進行劇との違い

4~5月に続き7月に円買い介入、その後公表された7月のアメリカ雇用統計が悪化、というパターンは2年前の2024年にも見られた。当時は、円相場の円高方向への反転の流れが強まり、6月末からの2カ月間で16円程度動いたが、大きな相違点がある。

2024年7月の雇用統計では、失業率が予想以上に悪化し、アメリカの景気後退懸念が広がり、利下げ観測が一気に高まった。実際、FRBは9月の会合で約4年半ぶりの利下げに踏み切った。一方、日銀は、7月会合で追加利上げを決定、さらなる利上げをめぐって植田総裁が会見で前向きな姿勢を示唆したあと、内田副総裁が慎重に時期を見極める考えを示し、円相場は大きく乱高下する場面があった。

今回は、アメリカ景気の急速な悪化を懸念する声は乏しい。FRBが9月会合で利上げに動くと観測は萎んだものの、年末までに1回以上の利上げを見込む予想は依然として7割を超えている。7月雇用統計で大幅利下げ観測が台頭した2024年とは顕著な違いだ。また、今回の統計については、実態は公表内容ほど悪くないのではとの指摘も出ている。雇用者数の減少に大きく効いたのが「地方政府の教育部門」の数字だが、季節要因を取り除いて月ごとの変動をならす「季節調整」がうまくいかず、数字が押し下げられたのではとの見方がある。

ベッセント氏 介入に続く政策促す

日米協調介入を受け、市場では警戒モードが続くが、片山財務大臣は3日に公表した談話のなかで、FRBが米国債を担保にドルを供給する「外国・国際通貨当局向けレポ・ファシリティ」の活用に言及している。このしくみを使えば、市場で米国債などドル資産を売却しなくても介入の原資を調達でき、市場の想定以上に介入余力があると示唆する内容だ。

ベッセント財務長官
ベッセント財務長官

一方、アメリカのベッセント財務長官は、4日、CNBCテレビに出演し、「為替介入によって市場にシグナルを送ることはできるが、結局、相場の決め手は政策とファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)だろう」と発言している。さらに、「私は日銀の植田総裁を15年以上前から知っているが、彼は必要な対応をすると信じている」と述べた。ベッセント氏の発言は、日本との協調に応じたものの、円高を持続させるには日本側の政策対応が必要だとの姿勢を示したもので、日銀による追加利上げが望ましいとの認識が見てとれる。

円安トレンドからの反転基調は

7月雇用統計の発表で、円相場は一段の円高方向への動きを見せたが、次の焦点は12日に公表されるアメリカの7月のCPI(消費者物価指数)だ。6月の前年同月比の上昇率は3.5%と、前月の4.2%から縮小したが、全米平均のガソリン価格は、7月下旬には消費者の心理的節目とされる1ガロンあたり4ドルを超える水準をつけている。市場では7月CPIは前月比で再び上昇するとの見方も広がるなか、上振れすればインフレ対応をめぐるFRBの早期利上げ論の再燃も想定される。

日本の財政拡張や日銀の利上げの遅れへの懸念がくすぶるなか、アメリカの介入への協力や早期利上げ観測の後退で得られた時間は、それほど長くない可能性がある。円安トレンドからの反転基調が見通せないなか、円相場の動向に市場関係者の視線が集中する局面が続く。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、経済部にて兜・日銀キャップ、財務省・内閣府担当、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、農水省政策評価第三者委員会委員