量販店やインターネットで手軽に寝具を購入できる時代。それでも秋田市には、100年以上にわたって地域に根差し営業を続ける布団店がある。職人の技と客一人一人に寄り添う提案を受け継ぎながら、時代に合わせて進化を続ける「廣島ふとん店」。長く愛される理由をたどった。
新国道沿いで続く103年の歴史
秋田市川元むつみ町、通称・新国道沿いに店を構える「廣島ふとん店」。布団の製造や販売を手掛けるこの店の歴史は1923(大正12)年に始まった。
創業者は3代目店主・廣島高さんの祖父、徳治さん。秋田市の通町商店街で店を開いたのが始まりだった。
その後、1949(昭和24)年に現在の場所へ工場兼店舗を開設。周辺の街並みが大きく変化する中でも営業を続けてきた。
2022年には新国道の拡幅工事に伴い店舗を改築。外からでも布団作りの様子が見える開放的な空間へと生まれ変わった。
先代から受け継ぐ職人の仕事
店を切り盛りするのは3代目の高さんと妻の美穂さん。高さんは県内の大学を卒業後に家業を手伝うようになり、現在は高齢となった父・禮治さんに代わって店の運営を担う。
作業場では40年以上使い続けるミシンが今も現役だ。
高さんが布団の生地を縫い上げ、美穂さんが綿を詰める。夫婦で力を合わせ、一枚一枚丁寧に仕立てている。
高さんが布団作りで最も大切にしていることは「まず、きれいに縫うこと。できる範囲できれいに縫うこと。一つ一つ客のことを考えてやり抜くこと」だという。
長年受け継がれてきた技術は、単に布団を作るためのものではない。客の暮らしに寄り添うための技術でもある。
「お客さまにとって一番良い布団」を考える
創業以来変わらず大切にしてきたのが“客へのまごころ”だ。
高さんは「購入する人にとって一番良い布団はなんだろうと考えながら新しい提案をして、生活をより良くしていくことが先代から引き継いだこと」と語る。
さらに、「ベッドに合わせたものや、昔ながらの布団が良いという客がいればそれを作る、という感じ」と続ける。
決まった商品を販売するだけではない。その人の生活環境や好みに合わせて寝具を仕立てることが、街の布団店としての強みになっている。
父の代から続く“新しい提案”
店には時折、父の禮治さんも顔を出す。時代の変化に合わせて新しい商品やサービスを提案する姿勢は、禮治さんの代から続いてきた。
1986年の「県民防災の日」に合わせて製作したのが、防災頭巾としても使える枕だった。普段は枕として使用し、災害時には頭を守る防災用品に早変わりするアイデア商品だ。
当時の秋田テレビの取材で禮治さんは、「万が一、地震とか火災が起きた場合、地震の場合は落下物ですから、従来の防災頭巾にして使う」と説明していた。
禮治さんは40年前を振り返り、「いざというときに防災用品に代わるということで作った。息子には過去のことを教えて、未来を見据えていかないと駄目だなと思っている」と話す。
この店でしかできない提案を
現在、店には秋田市内だけでなく市外からも注文が寄せられている。合宿施設向けの布団レンタル事業も手掛け、幅広い需要に応えている。
一方で、寝具を取り巻く環境は大きく変わった。量販店やネット通販の普及で、消費者の選択肢は格段に広がっている。
高さんは「街の布団屋は気軽に入るにはちょっとハードルが高い」と認めた上で、「量販店は寝具に関して見れば競合でもあるので、“この店でしか作れないもの”を提案していくことが布団屋としての立場かなと思う」と話す。
地域に根差した店だからこそできる細やかな提案。その積み重ねが、長年にわたる信頼につながっている。
技とまごころを次の時代へ
受け継がれてきた職人の技と、客を思うまごころ。そして時代に合わせた新しい発想。
廣島ふとん店は、この3つを大切にしながら100年以上の歴史をつないできた。
高さんは「今後も一人一人のニーズに応える、満足してもらえる布団を作っていきたい」と語る。
人それぞれ異なる眠りの悩みに向き合い続けること。それこそが、地域に愛される街の布団店の原点であり、これからも変わらない使命だ。
(秋田テレビ)

