あの日から81年を迎えたきょう1日を振り返ります。
夜明け前…。
【加藤雅也アナ】
「午前4時半、平和公園です。早朝にも関わらずこちらには多くの方が祈りに訪れています。8月6日、広島は今年も深い祈りに包まれます」
【親族が被爆】
「81年というのが長く…いま平和になればいいなって思う」
【祖父が入市被爆】
「どんどん被爆者の方が亡くなっているので、そういう思いが引き継げたらという思いもあって来た」
【親族が被爆】
「再び起こるかもしれない不安があるが、それは絶対起こってはならない。どの人もどんなところでも穏やかにその人らしく生きられる世界ができればいいなと」
【東広島市在住】
「長い間広島に住んでいて、恥ずかしい話一度もお祈りに来たことなかったのでこれを機に来た」
家族と折った100羽の折り鶴を手に訪れた広島市内の小学校に通う森沖彩茅さん、11歳。
【小学6年生・森沖彩茅さん(11)】
「今年が朝に来るのは初めて」
「自分で朝、折り鶴を献納してしっかり祈っていきたいなと思って」
「こっちもいいな、みんなの願いって書いてある」
「じゃあここに…去年は80年で、もちろん思いは伝えたけど、今年はさらにもっと伝えられるんじゃないかな」
「みんなに平和を伝えられてみんなを笑顔にできる大人になりたい」
【加藤アナ】
「きょうも猛烈な暑さで熱中症への対策が必要です。こちらの式典会場ではこのようにコップで受け取れる冷水サービスのほか、おしぼりのサービスもあります」
《デモ》「高市は帰れー!」
今年の式典には過去最多となる121の国と地域の代表などおよそ5万人が参列しました。
【岡野アナ】
「午前8時すぎ「エディオンピースウイング広島です。歓声に包まれるスタジアムもきょうは静かな祈りの場となっています」
【埼玉県から来た小学生】
「社会の授業で原爆についてやったから来た」
【サンフレッチェ広島のサポーター】
「平和であるからこそ生活もできるし、サッカーも観られるし、ずっと平和であるように」
式典の時間帯の気温は30.1度を記録。
平均年齢が86歳を超える被爆者たち。
中には、室内で式典の様子を見つめる人もいました。
【被爆者・小倉桂子さん】
「去年と比べると自分の体調がより悪くなったような気がしますし、いったい来年まで自分が広島のことを語り続けることができるのだろうかというのを私自身が本当に感じます」
【子ども代表・柿崎由宇さん】
「被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として当時の記憶を事実として受け止める使命があります」【子ども代表/河野和希さん】「広島のこどもとして行動する責任があります」
【広島市・松井一実市長】
「世界の為政者の皆さん、市民社会は一日も早い核兵器廃絶を願っています。いったいいつまで失望させ続けるのですか」
【横田美香知事】
「核兵器を無意味なものに変える行動を世界のリーダーに、そして世界の皆さんに求めます。
核兵器を廃絶するために共に行動していきましょう」日本初の女性総理としてこの場に立った高市総理は…。
【高市早苗 総理大臣】
「ここ広島において安全で安心して暮らせる社会を次世代に贈る責任を痛感しつつ、『核兵器のない世界』と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます」
今年亡くなった被爆者・森重昭さん。
その妻で被爆者の佳代子さん(84)は、アメリカ兵の調査をしてきた夫がアメリカ兵が被爆した場所に自費で作った慰霊の銘板の前で長男・佳昭さんとともに8月6日を迎えました。
【森佳代子さん】
「何を言っても一番大事なことは平和であること。そのことを私があなたの代わりに佳昭と一緒に継承していきますからしっかり見守ってくださいねとお祈りしました」
混沌とした世界情勢の中で、核兵器の使用が容認されかねない時代に絶やしてはならない被爆者がつなぐ平和への思い。
【森保 一監督】
「この豊かな広島の街でさらにいま生きている我々が後世につなぎながらさらにいい街へと築いていかなければいけないと思っている」
あの日から81年です。
