小泉陽一キャスター:
出雲市は21日、解体やがれき撤去への支援金を盛り込んだ補正予算案を示しました。
一方で、焼けた建物の撤去はあくまで個人が主体とする市の基本方針は変わっていません。
しかし、今ご覧いただきましたように、焼け落ちたがれきは入りまじり、誰の所有物か区別がつきにくい状況があります。
復興への第一歩とするはずのがれきの撤去が被災者にとって依然として大きな負担になっている現実があります。

被災現場の一部で7月21日から始まったがれきの撤去。
この作業は、被災した商店街と地元の町内会などが発注した「民間主導」のもので、出雲市は撤去費用の一部を支援する方針を示していますが、被災者自身による復旧が先行している形です。

出雲市としては、あくまでも「サポート」という立場です。
この行政の立ち位置について災害復興の専門家は、今回の火災が「災害認定」されていないからだと指摘します。

東京都立大学・中林一樹名誉教授:
災害であると認定されると、いわゆる公費解体という手続きで公費で解体してもらえる。(認定がない場合)個別解体になるので、自分でお金を出さないといけない。

災害救助法の適用などで国によって「災害認定」された場合、自治体が被災した建物を所有者に代わり、公費で解体・撤去することが可能になります。
国からの補助金を活用できるため、行政として撤去への介入のハードルが低くなります。
国による「災害認定」は地震・水害がほとんどで、火災はあまり例がありません。

ただ、山陰では島根県内で認定された火災の例があります。
5年前、22棟が全焼した松江市島根町の大火。
当時、注意報が出る強風で被害が拡大したことが明白だったため、強風という自然現象の要因によって発災翌日には災害救助法の適用が決まり、「災害認定」されました。

この時、松江市は発災から1か月後には本格的な撤去に入り、住宅部分のがれきが片付いたのは3か月後でした。
解体・撤去費用は8000万円余で、このうち半分が国の補助でした。

一方、2024年に発生した福岡県北九州市の商店街火災は店舗など30棟以上が全焼しましたが、災害救助法は適用されず、がれきの撤去に当たったのは、被災店舗の所有者らで作る団体でした。

撤去費用約3700万円はすべて寄付で賄われましたが、本格的に作業が始まったのは発災から3か月後、撤去完了には約半年を要しました。

更地になるまでに松江は3か月、北九州は半年。
国による法律と予算の担保の有り無しが対応のスピードに差を生んだといえます。
「災害認定」されていない今回の出雲の大火。
作業は始まったとはいえ、撤去完了のめどはたっていません。
商店街の関係者はがれきがなくなって初めて復興のスタートラインに立てるとも話します。

中町商店会・石橋由行理事長:
被災した皆さんと思い描いた街や商店街に生まれ変わるというのがゴールであり、さらにそこがスタート。行政と一緒に進んでいければスピード感も多少早くなるかな。

専門家は、行政にはがれき撤去のその先を見据えた支援が求められると指摘します。

東京都立大学・中林一樹名誉教授:
がれきの撤去を段取りすると同時に、むしろそれ以上にこの後どうするかということをいち早く市から被災者に声かけをして、被災者自身が復興しようという思いに立って復興に向かっていく。それを可能な限り応援するというのが公の役割。

島根県と出雲市はあわせて最大約8700万円をかけ、被災した事業者の営業再開などを支援する方針です。

どのような復興ビジョンを描くのか、地域経済とともに地域のシンボリックな拠り所としての商店街復活に行政もその手腕と姿勢が問われています。

小泉陽一キャスター:
行政には制度を示すだけではなく、現場で起きている困難にこれまで以上に寄り添い、柔軟な支援のあり方を模索するよう、ぜひお願いしたいと思います。

火災で失われたものは建物だけでは ありません。
山陰に暮らす私たちは知っています。
街は建物だけで出来ているわけでは ありません。

行きつけの店があり、 顔なじみの店主がいる。
「また来るけんね」「待っちょうけんね」と、この商店街で交わされた何気ない会話、 その何気ない言葉の積み重ねがこの街の財産でした。
地域のつながりを生み、人の孤立を防ぐ役割を担ってきました。

人口減少や高齢化が進む山陰ではひとつの商店街が単なる商業施設ではありません。
これは決して出雲だけの出来事ではないと感じます。
復興の道のりはまだまだ長いものです。
きょうという日は、山陰全体で支えあう出発点になる日だと思います。

TSKさんいん中央テレビ
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