今から23年前、高知県出身の刀工が瀬戸内市の長船地域に鍛錬場を開いた。当時、語っていたのは「夢の出発点」。その夢はいま、どうなっているのか・・・。
◆刀剣の里・備前長船に鍛錬場を構え名刀「福岡一文字」の山鳥毛を目指す
刀工、川島一城さん(55)。刀剣の里、備前長船に鍛錬場を構え、鎌倉時代、全国に長船の名を知らしめた名刀・福岡一文字の山鳥毛を目指し、日々、炎と向き合っている。
「「山鳥毛の写しの刀ができた」というのを早く完成させたいと思っている。長い刀の一部分だけ良い刃文かなというのはあるが、全部がそうというのはなかなか難しい」

◆2003年に開いた鍛錬場が川島さんの「夢の出発点」当時語っていた創作意欲
高知県出身の川島さんは高校卒業後、岐阜、東京で修業を重ねた。その7年後、32歳の川島さんはこの鍛錬場を開いた。
「夢の出発点です。この仕事場が」
当時のOHKの取材に対し、ここから、これからどんどん、今まで以上にもっと良い刀を作っていきたいと語っていた川島さん。長船では13年ぶりの新しい鍛錬場だった。

◆稼げると思っていたが…作っても作っても刀に傷 順風満帆ではなかった
あれから23年。鍛錬場をを開いた次の年くらいに、川島さんとしては「まあまあ良いかな」という刀が3本ほど作れたという。自分の仕事場もでき、良い刀も作れるようになったのでこれからジャンジャン稼げると思っていたが、それ以降、作っても作っても刀に傷が入ってしまったと語る。
「ぜんぜん順風満帆ではなかった」
夢に向かって出発したはずだったが、思うようにいかなかった。

◆一文字の山鳥毛を手本に…最難関の工程「土置き」を行う
「今塗っているのが焼き刃土を塗る作業の中で一番難しく、一番気を遣うところ」
この日行っていたのは土置きという工程。一文字の山鳥毛を手本にして行う。刃文の形を下書きしているため、(画像のように)刃文が入ってくれるとすごくうれしいが、同じようには入らないのが悩むところだ。

◆川島さんにとって火は”神様”…現代人に「本当の火にあたるのは大事」と伝えたい
川島さんは鍛錬場に住み込んで生活している。
「最初はちょろちょろ。普段はここで鳥や魚焼いたり」
電気こそ通しているものの、水は地下水。ガスは通しておらず、炊事はストーブで行う。この日はヨコワのたたきを庭でいぶしていた。できるだけ火でいぶすとおいしくなると言う。
川島さんにとって、火は神様。「ガスが便利だなとは思いますよ。本物の火に当たるということは現代人はない。本当の火にあたるのは大事だと思う」

◆自らが作った刀を手にフランスへ…瀬戸内市のプロモーション活動で販売実績出す
2026年5月、川島さんは自らが作った刀を手にフランスへ渡った。
瀬戸内市は地域の伝統工芸品である刀の販路を拡大しようと、2024年からプロモーション活動を行っている。
黒石健太郎市長はその活動について「今回のフランスでの職人による講演会で、すぐその場で刀を欲しいと言ってくれる人が出てきたので、実際に現代刀が売れるという実績が出てきたのは非常に大きいと変化と思っている」とOHKのインタビューで語っていた。

◆「若い人が弟子に入ろうとしない」全日本刀匠会が川島さんにかける「福岡一文字」再現への期待
その一方で・・・。
全日本刀匠会中国四国支部の支部長で刀工の横井彰二さんが「若い人が弟子に入ってくれない。入ろうとしない。今後、刀鍛冶の文化が守られるのか?」と語るように、後継者不足という課題もある。
そんな現状、55歳にして若き刀工とされる川島さんに、横井さんは、「「福岡一文字」を地元で再現しようとする第一人者と言っていいと思う。作刀の上での自分との戦いを日々行い、それに打ち勝つということをお願いしたい」と、大きな期待を寄せている。

◆「良い反り。いい感じ」川島さんが炎と向き合った後に見せた素顔
「良い反り。いい感じに反った」
「いい感じに。思っていた通りではないが、出来はいいんじゃないでしょうか」
「きょうはこれを見ながら、このあと風呂に入って酒を飲みますね・・・」
夢の出発点から23年。川島さんは今も鍛錬場で炎と向き合い続けている。
(岡山放送)

