瀬戸内市の国立ハンセン病療養所、長島愛生園にある、入所者を監禁した「監房」。“人権侵害の象徴”を後世に伝えるため、半世紀ぶりに掘り起こしが進められていますが、強度不足が分かり、再び埋め戻されることがOHKの取材で分かりました。
かつて、国の誤った政策で強制収容されたハンセン病療養所の入所者を監禁した「監房」。掘り起こし工事が始まって10カ月。監房は、8つある部屋のうち1つが姿を現しました。
しかし、このまま掘り起こしてしまうと、監房の壁が崩れてしまう恐れがあることが分かり、近く、埋め戻されることになりました。
(竹下美保記者)
「許可をもらって監房の近くまで来ました。中は窓が小さく薄暗くて不気味な感じがします。監房の壁には鋭いもので刻んだ文字のようなものも確認できます」
「昭和」の文字。日付を刻んだことがうかがえます。入所者の手の跡も残っていました。
・トイレの跡
・さび付いた鉄格子
長島愛生園の監房は95年前の開園当初から存在しました。逃走を企てたり園内の風紀を乱したとされる人が、正式な裁判を受けることなく、園長の権限で監禁され懲罰を受けました。
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長 ※2025年)
「病院の中で監房というがあれは刑務所。空き家になったときに1部屋だけのぞいたが一人で入るもんじゃない、気色悪い」
1953年の法律改正で監房が廃止された後、愛生園の監房は入所者によって埋められたのです。今から50年前のことでした。その監房をわざわざ掘り起こそうとしたのには、入所者の強い思いがありました。
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「忌まわしいから埋めてしまえと埋めたんだけど、またそれを掘り起こしたいなと、そんなことがあったんだとみんなに見てほしい」
当初は、監房の中を見学できるよう整備する予定でしたが、埋め戻された後は、鉄格子より上の部分だけを公開するよう計画を変更することになりました。
国は全国の療養所に残る監房を保存する方針を示していますが、園は、今後どう残して行くのか改めて検討することにしています。
人権侵害の歴史を繰り返さないで・・・。半世紀ぶりに姿を現した物言わぬ歴史の証言者が私たちに静かに問いかけています。
