「毎日水をかけなければ、言葉なくして枯れゆくものなんですよ」。長野県小布施町に、その言葉を体現するように盆栽と向き合い続ける作家がいます。鈴木伸二、この道40年。日本最高峰の盆栽展で最高賞「内閣総理大臣賞」を史上最多の5回受賞。今、彼のアトリエには世界各地から弟子が集まり、その「命のリレー」は国境をも越えようとしています。
■命の内側に潜む美を引き出す
長野県小布施町。歴史と文化が薫るその街の一角に、美術館のようなアトリエがあります。
玉砂利を敷き詰めた庭園に並ぶのは、約2000鉢の盆栽。
作家として大切にしていることを問われた鈴木は、意外な名前を口にしました。
盆栽作家 鈴木伸二さん:
「よくミケランジェロなんかも、大理石の中に姿があって、無駄を取るだけでその姿を現すと言う。盆栽も一緒です。木の中にいい姿があって、私たちはそれを引き出してあげる」
盆栽とは、植物の管理ではなく、命の内側に潜む美を引き出す行為。
鈴木は、40年のキャリアを持ちながら「まだまだわからないことがあり、知るのが楽しい」と言います。その探求心こそが、作品に宿る深みの源です。
■徳川慶喜の木から”風神・雷神”まで
2000鉢の中には、驚くべき来歴を持つ木があります。
30年ほど前に出会ったという一鉢は、最後の将軍・徳川慶喜が所有していたとされます。
銘は「将軍」。
盆栽作家 鈴木伸二さん:
「土の状況から変えて仕上げて、威風堂々とした姿を目指しました」
特に人気が高いのが真柏(しんぱく)。
白く枯れた「シャリ」と生きた枝が織りなす造形美は、見る者を惹きつけます。
アトリエにたたずむ2対の真柏は「風神・雷神」の銘を持ちます。「枯れと生の対比。自然の厳しさに耐え、あんな姿になって、でも生きている。いいところを引き出してあげる」。
この枯れと生の共存こそ、盆栽という芸術の核心です。
■6年の修行…師匠の最期の言葉
鈴木が盆栽の道に踏み込んだのは、10歳で父を亡くし、その後母が園芸店を開いたのがきっかけの一つでした。
そこで盆栽と出会い、高校卒業と同時に名匠・浜野元介のもとへ弟子入りしました。
盆栽作家 鈴木伸二さん:
「朝4時半から起きて、師匠の身の回りのこと、炊事洗濯全部やる。勉強できるのは夜だけ。でも、すごく愛情と徳のある師匠だったから、とことん教えてくれた」
6年の修業を終えた後も苦労は続きました。
盆栽園を回って仕事を請け負い、車の荷台で作業する日々。「当時はお金もなかったから、盆栽をお金の手段にしていた」。
師匠への申し訳なさから、しばらく足が遠のいた時期もありました。
人生を変えたのは、師匠の死。
危篤の知らせを受け埼玉の病院へ駆けつけると、師匠はベッドでこう言いました。
「鈴木くん、いい盆栽といい弟子を作りなさい」
その言葉が、鈴木の腹をくくらせました。
師匠の死から6年後、当時史上最年少33歳で日本最高峰の盆栽展・日本盆栽作風展の「内閣総理大臣賞」を初受賞。
以降、この賞を史上最多の5回受賞し、盆栽界をリードする存在となりました。
■「命のリレー」世界が熱狂する理由
鈴木の盆栽は今や海を越え、王族や海外セレブ、企業家のファンも持ちます。
そして、たびたび世界各地に招かれ、作品を披露したり、デモンストレーションを行ったりしています。
盆栽作家 鈴木伸二さん:
「目の前に生きた芸術を見て感動して、その奥底にある命のリレー、姿形よりもそこに興味を持って世界中の人がやっている」
限られた鉢の中で、人の愛情によってのみ生き続ける。その事実が、盆栽を単なる観賞植物とは全く異なる存在にしています。
そして長男・浩章は、父より若い30歳で同じ最高賞を受賞。
2026年2月にはベルギーのヨーロッパ最大盆栽展「トロフィー」に親子で招かれ、世界の舞台で並び立ちました。
命のリレーは、次の世代へと着実に渡されています。
※この記事は、2026年6月12日にNBS長野放送でOAした「フォーカス信州 盆の中、繋ぐ命~小布施町の盆栽作家~」をもとに構成した内容です(全2回の記事その1)
