6大会連続オリンピック出場、3大会連続メダル獲得、そしてW杯個人総合優勝。ノルディック複合のレジェンド渡部暁斗が引退後初めて競技人生の全てを語りました。20年間、世界の頂点で戦い続けた渡部が口にした「清々しい」という言葉。そして引退を決断するに至った知られざる経緯とは。
■「清々しい気持ち」引退後の日常
現役引退からしばらく経った今、渡部は「すごく清々しい気持ちがある」と語ります。
長年にわたって染みついた競技者としての習慣は、そう簡単には消えません。
「朝起きてトレーニングに行きそうになる自分がある日があって、あ、今日行かなくていいんだという、そのあたりでそういう気持ちを感じると、あ、これが引退なんだなっていうのをちょっとずつ感じている」と、彼は静かに話します。
現役時代、1年の半分以上を海外で過ごしてきた渡部にとって、日本での日常は新鮮な発見に満ちています。
「子どもたちと過ごす時間が、今まではなかった」と率直に明かし、子どもの成長を見守る喜びをかみしめている様子でした。
競技一辺倒だった生活から、日常の豊かさへと目が向き始めています。
■求めているのは、トップオブトップ
2026年2月に行われたミラノ・コルティナ五輪が、渡部にとって現役最後の舞台となりました。
大会に出発する前の時点で、すでに「最後にしようと決めていた」といいます。その決断は大会1年前の春に固まり、2025年10月には正式に引退を発表しました。
外からは、世界のトップ10圏内で十分に戦える力を持っているように映っていました。
しかし渡部本人の感覚は違ったのです。
「ワールドカップとかオリンピックに残り続けることはできると思う。でもやっぱり求めているものが勝利だったりとか、トップオブトップの戦いをしたいっていうのが昔から気持ちとしてある。そこをもう求められないという自分は、やっぱり悔しいけど、ここで終わりだなと思った」と、静かに、でも揺るぎない言葉で語りました。
「自分のベストを知っているからこそ、それとのギャップが結構つらかったりとか、時間も若い頃ほど成長速度も遅くなる。どんどんその厳しさが増してくる感じもあった」。
ベストを知る者だけが感じることのできる、その重さと葛藤が言葉の端々ににじんでいました。
■「年齢には勝てない、それが現実」
ミラノ・コルティナ五輪のノーマルヒルでは、シーズンベスト級のジャンプを見せました。
しかし、雪が深く溶けてしまったクロスカントリーのコースでは、通常24分程度で走れる距離に29分もかかるほどのコンディションとなり、思うような滑りができませんでした。
一方の団体スプリントでは、悪コンディションが逆に日本チームに味方し、メダル争いに絡む展開となるなど、最後まで印象的な戦いを繰り広げました。
大会を経て、引退の意思はより強固なものに。「大会を経てより思いましたね。もう終わりだなって」と渡部は言います。
「悔しいけど、それがやっぱりスポーツの現実というか、やっぱり年齢には勝てない」という言葉には、20年間世界の頂点で戦い続けてきた渡部の、静かな覚悟が込められていました。
■「道半ばで諦める」その言葉の真意
引退発表の際、渡部が口にした「道半ばで諦める」という言葉は、多くの人の心に引っかかったはずです。
オリンピックの金メダルが取れなかったことへの悔恨なのか、あるいは他に何か取り切れていないものがあるのか。
しかし、その言葉の真意は、勝ち負けとはまったく別の次元にありました。
渡部はこの競技を「コンバイン道」と表現してきました。
柔道や剣道のように「道」のつくものとして捉え、結果よりも技の追求、スキー技術そのものの探求として向き合ってきたのだといいます。
「基本的には死ぬまで続くもの、体が動く限りは。だからメダルを取っているとか取っていないとかではない諦めなんです」と渡部は語ります。
その道を歩む過程で気づいたことがあります。
「真理を追求したいけど、人間一人一人個性があって違うから普遍的なものがない。そうなるとやっぱりこの道を追求するには、日常というものを全て諦めて、本当にその道を死ぬまで追求していかないと、この真理というものにはたどり着けないんじゃないかなと気づいた」。
だから「道半ばで諦める」。あるいは「立ち止まる」という言葉を選んだのだと、渡部は静かに語りました。
※この記事は、2026年5月10日にNBS長野放送で放送した「北野建設Presents 雪上に刻んだ軌跡 キング・オブ・スキー 渡部暁斗」をもとに構成した内容です。(全3回の記事その1)