時の経過は早いもので、“あの日”から1年が過ぎた。“あの日”とは田久保眞紀 氏が初当選を果たした伊東市の市長選挙のことだ。この間に田久保氏は市長の座を追われ、刑事事件の被告人となった。1年前の“あの日”には誰もが予想していなかったことだろう。
歓喜の初当選から一転 被告人へ
2025年5月25日。
熱気に包まれた支援者を前に、高揚感に満ちた表情の田久保眞紀 氏は言った。
「本当に市民の勝利だと思う。これから市民のために頑張っていきたい」
3期目を目指した現職との一騎打ちを制した伊東市長選。
市議会議員を2期務めたとはいえ、直近の市議選で最下位当選だったことを考えれば、まさに“下剋上”といえる勝利だった。

しかし、あれから1年-
その呼称は市長から被告へと変わった。
市役所を訪れた市民に話を聞くと「嘘つきはダメ」「反省してほしい。(裁判で)誠実な対応をしてほしい」「早めに謝ればよかった」と、皆一様に呆れた表情を浮かべる。
学歴詐称の代償 市長失脚 そして在宅起訴
すべての発端となったのは田久保被告の学歴詐称問題だ。
当選直後、市議会議員全員に届いた告発文には、こう記されていた。
「東洋大学卒ってなんだ!彼女は中退どころか、私は除籍であったと記憶している」

実際には大学を除籍されていたにもかかわらず市の広報誌などに「東洋大学法学部卒業」と記していた田久保被告。
当初は疑惑を否定していたが、7月になると除籍の事実を認めた。

こうした中、市議会は9月と10月の二度にわたって不信任を議決。
市長の座を追われた田久保被告は「なれない仕事の中で職員には本当にいろいろサポートしてもらった」と涙を見せた。
その後、警察の捜査が本格化。
2月には自宅の家宅捜索が行われ、静岡地検は3月30日、地方自治法違反と有印私文書偽造・同行使の罪で田久保被告を在宅起訴した。
検察によれば、田久保被告は当選直後に東洋大学の卒業証書を自らの手で作成。
その際、インターネットで購入した学長名と学部長名のハンコを押印していたと見られている。
解散権の行使が残した深い禍根
一連の問題で注目されたのが市長の権限の大きさだ。
田久保被告は最初に全会一致で不信任を議決された際、市議会を解散することで、これに“対抗”。
検察の主張を前提にすれば、学歴詐称について虚偽の説明を繰り返してきたにもかかわらず、である。
このため、伊東市議会は2025年12月、首長の解散権について見直しを求める意見書を採択。
国や自民党本部に対して恣意的な議会解散を防ぐ制度の整備を求め、井戸清司 市議は「個人的な問題によって我々(市議会)が解散させられて、選挙になったことは法律の濫用という思いは強い。法的な解釈も含めて、しっかり考え直さなければいけないのではないか」と訴えた。
また、この問題をめぐっては「田久保被告自身の行為選択の結果として生じた損害」と、田久保被告に対して選挙費用の賠償請求を行うよう杉本憲也 市長に勧告することを求める住民監査請求にも発展していて、請求人代表の関川永子 氏は「私はこの問題をうやむやにすることなく、明確な決着をつけるために行動を続けたい」と話す。
ただ、解散権の見直しについて国会で目立った動きは見られないのが現状だ。
伊東市議会の要望に同行した衆議院静岡6区選出で自民党の勝俣孝明 議員は、個人的な考えと前置きした上で「市民から選ばれたすべての議員が全会一致で可決した場合は、条件にいれた上で(法律を)変えるということは考え得るのかもしれないし、議論していかないといけない」との見解を示し、「議論をするということは問題提起するということ。そこはすごく大事なこと。『ちょっとおかしい』と黙っているのではなく、(市議会から)声をあげてもらったので、しっかり議論していきたいし、声をあげていきたい」と述べた。
田久保被告の当選から1年。
地方自治に突き付けられた重い課題は残ったままとなっている。
