軽井沢は、日本でも有数のパンの街として知られている。明治時代から外国人や文化人、政財界の人々が訪れ、独自のパン文化が花開いたこの地に、今も変わらぬ味を守り続ける老舗店がある。先人から受け継いだレシピ、そして職人たちの静かな情熱が、今日も一つひとつのパンを焼き上げている。
「軽井沢のパン文化」支える老舗
旧軽井沢銀座通り(長野県軽井沢町)に店を構える「ブランジェ浅野屋」は、1940年のオープン以来、軽井沢のパン文化を支えてきた老舗。
もともとは、避暑で別荘を訪れた外国人外交官やその家族のために店を開いたのがルーツで、戦時中は外務省から物資の配給元として指定され、疎開中の外国の方向けにパンや物資の配給業務を行っていたという歴史を持つ。
現在は、軽井沢町内に3店舗、首都圏に14店舗を展開している。
40年前から使い続けるスペインの窯
店内に足を踏み入れると、ひときわ目を引く存在がー
どっしりとした石の塊のような構造物、石窯だ。
「40年前、スペインの窯をそのまま持ってきまして」とスタッフは話す。
外のハンドルを回すと、窯の中にある円盤状の石板が回転し、パンを移動させながら焼く仕組みになっている。
フランスパンは最大で約60本焼けるという窯の中は、場所によって熱の強さが異なるため、職人はその特性を熟知しながらパンを焼き上げる。

「地元農家が育てたものを」
浅野屋が誇る看板商品のひとつが、自家製酵母を使ったカンパーニュ。
ブドウからおこした自家製酵母と、長野県産の小麦粉を組み合わせて焼き上げる。
「地元の農家さんが手塩にかけて育てたものを、自分たちでしっかり伝えていきたい」と話すスタッフ。
石窯から取り出されたパンの断面は、きれいな気泡が広がり、外側はカリカリ、中はしっとりともっちりした食感が特徴。
焼き上がったパンからは、窯で焼いたならではの香りが立ちのぼる。

昭和のごちそうを今に伝える
もうひとつ印象的なのが「ショコラブレッド」。
チョコレートの甘さがしっかり口の中に広がる。
そのままでもおいしいが、トースターで軽く焼き上げると、外がカリッとしてチョコレートも溶け出し、また違った表情をみせるという。
そして、1980年代に誕生したという昔ながらのビーフシチューも、パンと合わせて店内のイートインコーナーでいただける。
肉がごろごろと入ったシチューは、軽井沢という土地ならではのおいしさとともに、昭和のごちそうを今に伝えている。

旧軽井沢銀座通りにもう1つの老舗
同じ旧軽井沢銀座通りに位置する「フランスベーカリー」は、1951年の創業から2026年で75年を迎える老舗。
創業者は田村寅次郎氏。軽井沢の万平ホテルでパン・洋菓子部門の責任者を務めた人物だ。
現在の代表は、創業者の孫にあたる田村高広さん。

初代から孫へ 受け継がれる道具
店には、今も初代が使っていた道具が現役で残っている。
近所の板金屋が作ったという食パンの型は、一時期別の型に変えたところ、常連客から「味が変わった」と言われて、元に戻したというエピソードが残る。
田村高広さん:
「70年以上使ってるんで、ちょっと傷んでるところもあるんですけど、まだ現役で使ってましてね」
塩の量など、配合的なものも基本的に昔のままをベースにしているという。

こだわりの「“塩”クロワッサン」
フランスベーカリーを代表する商品のひとつが「塩クロワッサン」。
創業者の時代から「特製クロワッサン」として作られてきたこのパンは、オーブンに入れる直前に、真ん中にひとつまみの塩をのせて焼くのが特徴。
田村高広さん:
「お客さんから塩の付いたクロワッサン、塩の付いたクロワッサンって言われて、その名前が今の塩クロワッサンになりました」
創業者がいかに塩味にこだわっていたかが、商品名にも刻まれている。
食べると、バターがしっかり染み込んだクロワッサン生地のサクサク感が口に広がる。
生地をねじってある部分がサクサク度をさらに増しており、その後から塩味がじわりと追いかけてくるという食体験は、他ではなかなか味わえないものだ。
よく売れ続けているパンというのも、うなずける。

ジョン・レノンも…代々愛される店
フランスベーカリーには、音楽ファンにとっても見逃せないエピソードも。
ジョン・レノンが軽井沢を訪れた際、この店を訪ねたというのだ。
「あの人も買いました」とスタッフが語るフランスパンは、見事なクープラインが美しく、そのままはもちろん、具を挟んだ総菜パンとしても人気を集めている。
とりわけ近年、人気が高いのが「明太子フランス」。
ふわふわでありながらハードな生地をかみ進めるうちに、明太子の旨みがじわりと口の中に広がる。
約70種類ものパンが並ぶ店内には、クリームパンなど昭和初期から続く定番品もそろっていて、観光客だけでなく別荘客や地元の常連客など幅広い世代が訪れる。
田村高広さん:
「今、別荘の方も三代目、四代目という形で、代をまたいでお付き合いさせていただいてます」
75年という歳月が積み重ねてきたものは、パンのレシピだけではない。
客と店が何世代にもわたって紡いできた信頼関係そのものが、フランスベーカリーという店の財産になっている。
※この記事は、2026年4月10日にNBS長野放送でOAした「フォーカス信州 DJ KOOの軽井沢パン DO DANCE」をもとに構成した内容です。(全3回の記事その1)

