東京五輪では金メダルを獲得し、世界の頂点に輝いたウルフさんの柔道歴は小学1年生から。小学生の時から体格が良かったウルフさんが柔道をはじめたのは、「おじいちゃんに勧められたから」だそう。

中学生になり、勝つことの喜びを覚えて本気になったというウルフさんは、「世の中には“勝つことより大事なものがある”って言うじゃないですか?勝つことが1番大事な世界」と力説した。
ここで、披露してくれたのは、東京五輪で獲得した金メダルと、パリ五輪の銀メダル。2つのメダルを首にかせさせてもらった植野さんはその重みを体感した。
プロレスラーになるのは大学生の時の夢
続いての料理は、希少部位の刺身。
一口食べたウルフさんは「馬刺しのような…これはマグロのほほ肉だ」と断言するが、正解は「マグロののどちんこ(上あごの左右についている筋肉部分)」。
大きなマグロから握りこぶし約2個しか取れない希少部位で、くじらや馬肉のようなさっぱりとした旨味がある。
2025年、柔道を引退し新日本プロレス入団を電撃発表したウルフさん。翌年行われたデビュー戦では、いきなり無差別級王座を獲得する大活躍をみせたが、柔道からプロレスに転向したのはどんな理由からなのか。
「大学生の時にプロレスを見ていて、自分もやりたいと思って。柔道で結果を出して、やり残すことがなくなって、その時まだ『プロレスをやりたい』と思ったらやろうと思った」
ここでウルフさんにスタッフが「猪木・馬場プロレス黄金期の話を」とカンペを出すと、「時代的に、あのカンペの時代じゃない。僕、30歳ですからね」とツッコんだ。
小学生の時は毎年10キロ増量
最後の料理は、まぐろ・タコ・卵・イカ・こはだ・いくらなど10種以上が盛り付けられた「バラちらし」。

ウルフさんは天を仰ぎ、「口の中にいろいろな種類の海鮮が入ってくるので、まだ脳みその情報処理が追い付いてない」と感動。
威圧感ある大きな体とは裏腹に気さくなウルフさん。子供の頃は基本的に家でご飯を食べていたが食欲が旺盛で、痩せ方が分からなかったようで、「小学生の時は毎年10キロ増量していた。卒業する時には90キロもありました」と笑う。
何でも食べる子供だったそうで、イナゴの佃煮など通なものも食べていたと話す。
母親は優しいけども教育熱心で「学校の宿題とは別に、母親からの宿題があった。本屋からドリルを買ってきて、印刷したものに何度も解かされた」と語る。
さらにおばあちゃん子だったというウルフさんは、いまウルフさんがプロレスをしている姿は祖母も含めて家族はヒヤヒヤしながら見ていると話す。
そして最後は、「魚がすごく好きで、入り口からお魚が盛られていて、今日はさばくこともできて、最高の体験でした」と締めくくった
日本一ふつうで美味しい植野食堂
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