阿蘇郡西原村の大切畑地区は10年前の熊本地震で9人が生き埋めになりながらも住民らの懸命な救助で一人の犠牲者も出さず『奇跡の集落』と呼ばれています。
当時、その様子を取材した『めざましテレビ』の伊藤 利尋キャスターが4月、再び集落を訪問。新たに移り住んだ若い世代と共に地域の再生を目指す被災地の今を見つめます。
【西原村大切畑地区 西本 豊さん】
「この集落は絆が強かったのでここまで復興できたと思う。ただ半分くらいは集落の外に移転した」
4月、『めざましテレビ』の伊藤キャスターは、西原村の大切畑地区で暮らす西本 豊さんの元を訪ねました。
【西本 豊さん】
「頭を挟まれて動けなかった。男泣きした。みんなに助けてもらって」
伊藤キャスターにとってここ大切畑は、忘れることのできない被災地の一つです。
【伊藤キャスター(『本震』直後)】
「ゆっくりとした横揺れが続いています。皆さん、着の身着のままここに避難されています」
熊本地震の『本震』で『震度7』の揺れに襲われた大切畑地区。ほとんどの住宅が倒壊し、9人が生き埋めになりました。
『前震』の後、熊本入りした伊藤キャスター。当時、この現場を取材していました。
【伊藤キャスター】
「今、消防隊に背負われる形で男性が一人救出されました」
【西本さんの義父・中村 秀幹さん】
「もうこれ以上の感謝はありません」
西本さんの一家4人が家屋の下敷きとなり、懸命の救助活動が行われていました。
壊滅的な被害に遭いながら一人の犠牲者も出さなかった大切畑地区は、のちに『奇跡の集落』と呼ばれるようになりました。
あの日から10年。当時、助け出された西本さんの義理の父とも再会を果たしました。
【伊藤キャスター】
「あの時は本当にご苦労されましたね」
【西本さんの義父・中村 秀幹さん(96)】
「あの時は〈死んだ〉と思ったけどこうやって元気に過ごしています」
【伊藤キャスター】
「皆さんが元気だったし、笑顔をカメラの前でも見せてくれたのでうれしかった」
大切畑地区は、約30軒あった住宅のほとんどが倒壊。5年前に宅地の耐震化など復旧工事は完了しましたが、大切畑で自宅を再建したのは10軒ほどで、集落をどう維持していくかが課題となっていました。
【兒玉 拓巳さん】
「移住して1年たったけど1年という感じがしない。めっちゃ長く住んでいる感じがするくらいいい意味で充実していた」
去年2月、集落に移り住んだ鹿児島県出身の兒玉 拓巳 んと妻の琴乃さんです。
熊本市の勤務先に通える大切畑に自宅を新築し、2人の子供と暮らしています。
兒玉さん一家は地震後初めての移住者。『どんどや』など集落の行事にも顔を出し、すっかり溶け込んでいます。
【兒玉 拓巳さん】
「みんな温かいし、大げさに言うと、みんな家族みたいなところなのでめちゃくちゃ楽しい」
4月18日、集落では地震10年の復興イベントが開かれました。
イベントには当時、お世話になった震災ボランティアなどを招待。住民が被災した体験や復興への思いを語りながら集落を案内しました。
【自宅が全壊・山本 恵一郎さん】
「非常に地盤が弱い所だったので家が傾いて『同じ場所には再建したくない』との妻の意見もあり、そこも尊重しながら断層から離れた所に建てたらいいんじゃないかとなった」
布田川断層が近くを走る大切畑地区は地震後、断層から離れた高台に新たな宅地を整備。多くの住民がこの高台に自宅を再建させました。
【自宅が全壊・山本 恵一郎さん】
「新たな住民(移住者)の住宅も3軒、建設中で、〈非常に未来ある大切畑ができたな〉と思っています」
イベントにはこの秋、移り住む予定の家族も参加していました。
【今秋移住予定の家族】
「大切な会に招待してもらって皆さんと触れあって、温かい人ばっかりで不安な気持ちもあったけどより一層、移住が楽しみになった」
去年、大切畑に移住した兒玉さんも新たな移住者を歓迎しています。
【兒玉 拓巳さん】
「この調子でどんどん新しい人が増えてくれたら…。みんな仲の良い家族みたいな集落になるんじゃないかなと思う」
【元区長 坂田 哲也さん】
「若い人の考えも取り入れながら一緒に大切畑集落を盛り上げる。10年後には地震前の集落以上にしていきたい」
熊本地震から10年。『奇跡の集落』大切畑は、集落に移り住む若い世代と『新たな絆』を紡ぎながら前に進んでいます。