保育園のリンゴ事故から3年 意識戻らぬ息子と生きる家族の記録
2023年、愛媛県新居浜市の保育園で、生後8カ月の田村康至くんが給食のリンゴをのどに詰まらせ、意識不明の重体となった。
康至くんが目を覚まさないまま、16日で3年。
事故と向き合いながら今を生きる家族の記録を記した。
「長さ7ミリ、厚さ3ミリ」のリンゴが愛らしい笑顔を奪った
お兄ちゃんのあとをひたすら追いかける元気な男の子。当時、生後8カ月の田村康至くんだ。家族の中心にはいつもその愛らしい笑顔があった。
2023年5月16日、康至くんは慣らし保育中だった認可保育所新居浜上部のぞみ保育園で、給食で出されたリンゴを食べた直後に呼吸困難となり、一時、心肺停止の状態になった。
食べたのは長さ7ミリ、厚さ3ミリほどに刻んだ生のリンゴ。
康至くんは病院に運ばれたが「低酸素脳症」となり、事故からまもなく3年となる今も意識は戻っていない。

両親は24時間体制で自宅での看護を続けている
人工呼吸器で命をつなぐ日々。両親は今、24時間体制で自宅での看護を続けている。
母・田村早希さん:
「良くも悪くもですけど、決まった時間に決まったことをしていくみたいなところがあるんで、そういう意味では3年間で積み上げてきたものなのかなと思って、康至もすごいいい子にしてくれてるのかな」
身長は20センチ伸び90センチに、体重も8キロから2倍以上の17キロにまで増えた。
父・田村敦さん:
「普通に抱っこが重たくなってきました。」

待ち望んでいた「あるモノ」がやってきた
そんな田村家に、待ち望んでいた「あるモノ」がやってきた。電動リフトが備わった8人乗りの福祉車両だ。リフトを使えば、康至くんをバギーに乗せたまま、ボタン一つで乗り降りさせることができる。
橋本利恵アナウンサー:
「きょうはこれでどちらへ」
父・敦さん:
「県立病院に行きます」
県立新居浜病院で、人工呼吸器を取り付けるため、気管切開した部分に異常などがないか、診察してもらう。多いときは月に10回以上の通院、時には県外の病院で診てもらうこともある。
運転中の父・敦さん:
「乗せたり降ろしたりするのが断然楽になったので、(外に)出やすいですよね。香川県とか徳島県ぐらいまでは行けるのかなと思うんですけど、日帰りとかで」

康至くんの兄はこの4月に小学校に入学
そして田村家にはこの春、もう一つ変化がある。康至くんの兄はこの4月に小学校に入学した。
橋本アナウンサー:
「学校楽しい?」
兄:
「楽しい」
橋本アナウンサー:
「何して遊ぶ?」
兄:
「ビー玉転がし」
母・早希さん:
「へぇ~」
病気や障がいのある兄弟姉妹を持つ人は「きょうだい児」と呼ばれ、親の関心がどうしても障がいなどのある子に向きやすい環境の中で、葛藤や孤独感を抱え込みやすいとされている。
これは康至くんの状態を事故直後から記録し続けている「看護ノート」。
「2人に不憫な思いをさせない」

家族は今も、事故と向き合い続けている
両親は康至くんの在宅看護を始める前から、2人に寂しい思いをさせないため、試行錯誤してきた。
父・敦さん:
「本人がどう思ってるかわからないんですけど、弟が普通の生活ができる感じではないので、それをどう感じ取ってるのかなというのはあるので、弟がこんなだからってちょっとなんか遠慮したり、言いたいことも言わずにいるような感じにはしたくない」
母・早希さん:
「その子、その子で違うと思うので、そうなった時に考えていかないといけない」
(Q.今の自分が、3年前の自分に何か声をかけてあげるとしたら?)
母・早希さん:
「『頑張ってるね』とか『頑張ってたよ』って言ってあげたい。やっぱりその時に多分思ってることの最善策を、自分たちでは取ってきた形の結果がここにはある」
周囲の環境や、康至くんの兄の気持ちの変化にも向き合いながら、どう進んでいくか。家族は今も、日々、事故と向き合い続けている。
事故から3年。
保育園の対応に法的責任はなかったか、警察による捜査は現在も続いている。

