大分県で郷土史の研究を行う市民団体「豊の国宇佐市塾」がアメリカ国立公文書館から取り寄せた戦時中の映像を公開しました。
この中に、宮崎県川南町の旧陸軍・唐瀬原飛行場が空襲を受ける様子を収めたカラー映像もありました。

機銃掃射の弾が命中し、閃光が走る様子がはっきりと捉えられた12秒間の映像。
1945年7月30日、現在の川南町立東小学校の近くにあった旧陸軍・唐瀬原飛行場や近くの倉庫らしき建物が攻撃を受ける様子です。ここは、日本初の落下傘部隊の演習場に併設された飛行場でした。

(郷土戦史研究家 稲田哲也さん)
「広大な飛行場施設で、格納庫もしっかり備えた飛行場なので、軍事目標としての優先度は非常に高い」

映像は、戦闘機の機銃と連動するガンカメラで撮影されていて、稲田さんは、このカメラの存在こそが「日米の差」だと話します。アメリカ軍は確実に目標を破壊したか、映像で解析・判定するために軍用機にカメラを取り付けていました。

(郷土戦史研究家稲田哲也さん)
「アメリカはカラーフィルム。これは国力の差以外、何物でもない」

(郷土戦史研究家稲田哲也さん)
「ガンカメラを取り付けるまで余裕が日本にはなかった」

同じく、豊の国宇佐市塾が公開したこちらの映像は、1945年3月18日に九州南東海域で撮影された特攻隊の攻撃の様子です。
場所は、串間市の都井岬からおよそ220キロの地点。福岡県の旧海軍・築城基地を飛び立った陸上爆撃機「銀河」が、アメリカ軍の攻撃を受け、エンジンから炎を上げつつも、敵艦に突入を試みる様子がカメラに収められています。

(郷土戦史研究家 稲田哲也さん)
「白黒とカラーでは、現実味が全く違う。まるですぐ昨日、どこかで行われていた戦闘の様子に見えます。当時を語る上で、もうこれ以上の資料はない」

この攻撃から3日後、宮崎からも特攻隊の出撃が始まります。鮮明なカラー映像は、戦後80年以上経った今、宮崎がそして、九州が戦場であったという事実を改めて教えてくれます。

テレビ宮崎
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