歌劇で有名な兵庫県宝塚市が、かつて「温泉の街」として知られていたのをご存じでしょうか。

あの有馬温泉よりも賑わった時期もあるという「宝塚温泉」。温泉が枯れたわけではなく、泉質は有馬温泉に似ているといいますが、温泉街の痕跡はなくなりつつあります。

衰退の背景にあったのは、1995年に起きた阪神・淡路大震災。温泉旅館の多くが倒壊してしまったのです。

「温泉の町・宝塚」の歴史は途絶えてしまうのか。徹底取材しました。

■宝塚は「温泉の街」? 若い世代は知らずも…

宝塚市は本当に「温泉の街」なのか。取材班は宝塚市内で市民や歌劇ファンに聞いてみました。

(Q.宝塚市といえば?)
【宝塚市在住・中学生】「宝塚歌劇。歌劇が一番。温泉っていえば有馬温泉とかここはちょっと城崎とか」

(Q.「宝塚市=温泉」みたいなイメージは?)
【宝塚歌劇団ファン】「無いです…」

若い世代はあまり知らないようですが、長年、宝塚市で暮らしている人に聞くと、「宝塚=温泉街」を裏付ける声が聞こえてきました。

【宝塚市に30年在住】「(昔は)接待とかで旅館とか温泉街を利用したことあります」
【宝塚市に30年在住】「(今も)1年に4~5回は“若水さん”のほうへ、温泉入りに行くんですよ」

■天然温泉に入れる「ホテル若水」社長「温泉の歴史は鎌倉時代から」

いまも天然温泉に入れるホテルがあると教えてもらい、その老舗ホテル「若水」の三代目社長で、「宝塚温泉」をよく知る小早川優さんを訪ねました。

【ホテル若水 小早川優社長】「元々(宝塚)温泉の歴史というのは鎌倉時代からございまして、今から約800年以上前なんですけど」

なんと温泉自体は、少なくとも鎌倉時代から確認されていて、明治時代には、商業施設としての温泉場ができたそうです。

【ホテル若水 小早川優社長】「一番多い時で50軒以上の(温泉)旅館があった」Q「温泉街」って書いてある「これなんかもまだ比較的新しいですけど、昔の温泉の名残と言いますかね」記者「へ~」


今も温泉街の痕跡が残る宝塚。「有馬温泉の名物」と思われがちな炭酸せんべいは130年前から売られ、宝塚の名物となっています。

【記者リポート】「温かいですね。パリパリしてておいしいです」

【黄金家 白本功美子社長】「明治30年創業で、温泉は有馬さんの方が古いんですけど、せんべいはこちらの方が(古い)」

■実は歌劇団も温泉とのかかわりが深い

そんな名物のきっかけとなった場所が市内を流れる川。よく見てみると、ブクブクと何かが沸き立っているようです。

【ホテル若水 小早川優社長】「地下から温泉とか炭酸水が湧き出しているんですね。川底の赤っぽくなっている所は、温泉の中に含まれている鉄分が出てきたことによって、酸素と触れ合って酸化して沈んでいる。系統的には宝塚温泉も有馬型の温泉と言われてますんで」

阪急宝塚駅から徒歩5分。戦前から多くの人で賑わい、最盛期の1970年ごろには年間130万人以上が訪れたという、宝塚の温泉街。

そして、今や「宝塚と言えば」の「歌劇団」も実は、温泉とかかわりが深いといいます。

【ホテル若水 小早川優社長】「宝塚歌劇というのも温泉のお客さんを楽しませる一つの余興みたいなことから生まれてきた。温泉場を活性化させるための一つの思いから生まれた」

■市民に親しまれてきた温泉施設も休業へ…また一つ温泉街の痕跡が

さらに、取材を進めていくと、宝塚温泉のさらなる魅力が見えてきました!こちらは、世界的建築家・安藤忠雄さんが設計して、2004年に開業したナチュールスパ宝塚。

宝塚市が民間の事業者に経営を委託する公設民営の温泉施設で、年間およそ15万人が利用しています。

お湯には有馬温泉の金泉(きんせん)、銀泉(ぎんせん)と同じような効能があり、ここナチュールスパでは「金宝泉(きんぽうせん)」「銀宝泉(ぎんぽうせん)」と名付けられています。

しかし、利用者の大半は地元の宝塚市民。観光客の姿はほとんどありません。そして、なんと、6月末でいったん営業をするというのです。

【宝塚市観光にぎわい課 松井敬祐係長】「やっぱり築25 年経ってきて、中の設備とか温泉設備とか特に空調設備の不具合が多発しておりまして。あと建物の維持費用のこともありますので、方針とか運営について考えていこうと」

コロナ禍で売り上げが落ち込んだことに加え、老朽化が進み、今後30年で見込まれる修繕費はおよそ19億円に。一度、経営を見直すため、7月から休業することを決めました。今後の見通しはまだたっていません。

■温泉街衰退の原因は阪神・淡路大震災 温泉旅館の多くが倒壊

有馬温泉と近い泉質をもちながら「温泉の街」としての痕跡が消えゆく宝塚市。一体なぜ、衰退の一途をたどることになったのか。その大きな要因はあの大震災にありました。

教えてくれたのは宝塚温泉まつり実行委員会の喜多河恭子さん。

【宝塚温泉まつり実行委員会 喜多河恭子さん】「実はいま私が立っているこの地域というのは、阪神・淡路大震災前くらいまでは旧温泉街、温泉旅館が立ち並ぶ地域だったんですね」

宝塚市でも震度7を記録した阪神・淡路大震災。その被害で温泉旅館の多くが倒壊したのです。

【宝塚温泉祭り実行委員 喜多河恭子さん】「今はほとんどの旅館が廃業されて、3軒だけ。今も脈々と温泉は湧き出ていますので、これからも盛り上げていきたい」

■震災後に街が変わった有馬温泉と宝塚温泉

しかし、地震で影響を受けたのは有馬温泉も同じ。震災後の復興の方向性でその道は大きく分かれることになりました。

いまでも温泉街を維持し、賑わいが絶えない有馬温泉。

その観光協会会長を務める金井啓修さんは、「被害を受けたときに宝塚はすごく交通の便がいいからマンション化した。有馬は逆に温泉でしか、『飯食えない』から、『そぞろ歩き』をできるように街をつくろうとつくってきた」と指摘します。

地元住民も惜しむ“湯の町”宝塚の衰退。再び、復活を果たすことはできるのでしょうか。

(関西テレビ「newsランナー」2026年5月5日放送)

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