「舞台はいのち」。生涯現役を貫いた。

老いや認知症をテーマに活動する劇団「OiBokkeShi」の看板俳優で“おかじい”の愛称で親しまれた岡田忠雄さんが3月30日、99歳で亡くなった。岡田さんの俳優人生を振り返る。

◆生涯現役貫いた俳優・“おかじい”こと岡田忠雄さん 99歳で逝く

病室で・・・「舞台、いのち、いのち」

3月30日。“おかじい”は静かに息を引き取った。99歳、生涯現役の俳優だった。

病床の岡田忠雄さん(2026年3月 提供:OiBokkeShi)
病床の岡田忠雄さん(2026年3月 提供:OiBokkeShi)
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◆新幹線など乗り継いで…福岡・久留米市で臨んだ舞台が最後の出演に

〇舞台「恋はみずいろ」
(劇中のせりふ)
「戻ってきてくれた、ありがとう。ありがとう」

2025年7月、福岡県久留米市で臨んだ舞台が最後の出演となった。

福岡・久留米市で公演「恋はみずいろ」より
福岡・久留米市で公演「恋はみずいろ」より

◆劇団「OiBokkeShi」主宰・菅原直樹さんとの出会いが人生を変えた

子供のころから俳優に憧れていた岡田さん。本格的に舞台に立ったのは88歳の時だった。

劇団「OiBokkeShi」の主宰、菅原直樹さんと岡田さんが出会わなければ、OiBokkeShiの歩みはなかった。

岡山・和気町で2015年撮影「よみちにひはくれない」より
岡山・和気町で2015年撮影「よみちにひはくれない」より

◆認知症を患う妻を介護…会話が成り立たない悲しさの中で菅原さんと出会う

岡田さんは長年、自宅で認知症を患う同い年の妻を介護してきた。

2015年に岡田さんを取材すると、介護の日々の中で、こんなエピソードを話してくれた。

「(妻が突然)「お世話になりました、私、退職します」とわしに言うんですよ。驚いた、これは漫才かと。だから何も会話ができない。本当の会話は」

そんな中、菅原さんに出会った岡田さんは、間違いを正すことよりも、演技して合わせた方が相手の感情に寄り添えることを知ったのだ。

「(菅原さんに)助けられた。介護の神様」岡田さんはこう語って、菅原さんに感謝していた。

岡田忠雄さん(2015年撮影)
岡田忠雄さん(2015年撮影)

◆「最後は棺おけに入った役ができる」岡田さんの言葉に感じた“俳優魂”

岡田さんが度々、口にする言葉があった。

それは、「舞台はいのち」。

岡田さんは、「OiBokkeShi」の看板俳優として自身の介護経験や生前葬を題材にした作品などに出演した。

菅原さんによると、おかじいはかつて、このように言っていたという。

「俳優に定年はない」
「歩けなくなったら車いすの役ができる」
「寝たきりになったら寝たきりの役ができる」
「最後は棺おけに入った役ができる」

「こんなことを言える俳優がいるんだ」と驚いたのだそうだ。

舞台で熱演していた頃の岡田さん
舞台で熱演していた頃の岡田さん

◆100歳記念公演に向けて稽古が始まった矢先…襲った病魔

岡田さんは文字通り、舞台にいのちをかけてきた。

2026年3月、100歳記念公演に向けて稽古が始まった。しかし・・・

岡田さんは病院のベッドの上にいた。3月下旬に脳梗塞で倒れて入院したのだ。

それでも「舞台はいのち」と言って、病室で力強く拳を上げていた。ベッドでも出演に強い意欲を示していた。

100歳記念公演に向けた稽古に望んでいた岡田さんだったが…
100歳記念公演に向けた稽古に望んでいた岡田さんだったが…

◆カーテンコールのない最後の“大往生の演技”を見送った菅原さん「ありがとうね、また一緒に芝居しましょう!」

岡田さんの葬儀で親族は「これが最後の“大往生の演技”になりました。この演技の評価は皆さんにしていただければと思っています」と、参列者にあいさつをした。

菅原さんはひつぎの中で眠る岡田さんに「ありがとうね、また一緒に芝居しましょう!」と声をかけ、涙ぐんだ。

天国で劇団をつくると言っていた岡田さん。「いつか僕も仲間入りできれば」と、菅原さんは語った。

舞台で生き、生涯現役を貫いた99歳だった。

ひつぎの中で眠る岡田さんに声をかける菅原さん
ひつぎの中で眠る岡田さんに声をかける菅原さん
岡山放送
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