沖縄や宮崎など南国でよく見かける、ヤシの木。
実は南国だけでなく、関西でも街路樹として植えられている。南国でもないのになぜなのか?
そして、今、見慣れたこの景観が岐路に立たされているのだ。
徳島市長:台風とかのたびにハラハラしてます。
西宮東高校教頭:伐根しましたので、今はなにもない状態です。
街路樹にヤシの木が定着したワケと、伐採が相次ぐ背景を徹底取材した。
■南国ではない関西に植えられる“ヤシの木”
南国のリゾート気分を高める植物、ヤシの木。
しかし、「newsランナー」取材班が関西各地を調べると…大阪の阪急南千里駅の近くにヤシの木、神戸の六甲アイランドにもヤシの木…いたるところにヤシの木が植えられている。
そして、尼崎市内の公園にも1本のヤシの木が。実はこれ、大阪・関西万博のインドネシア館から去年、移植されたものなのだ。
街の人:色んなことが記憶に残るし、良い思い出になるんじゃないかな。
街の人:成長を見届ける!尼崎にいる限りはね!
尼崎市は街のシンボルになればと期待を込めるが、そもそも、関西各地にヤシの木が植えられるようになったきっかけは何なのか。

■ハワイへの憧れがきっかけで植えられはじめた
街の景観づくりと街路樹について詳しい専門家は…。
大阪産業大学 川口将武教授:高度経済成長期に、ハワイへの海外旅行みたいのが憧れになって、新婚旅行で九州に行くっていうブームがあって、異国情緒の景観的な演出、地域の魅力を高めるという意識で植えられたのでは。
時代の変化の中で、南国への憧れなどから植えられてきたというヤシの木。

■風、冬の寒さの影響受けにくく「管理しやすい」
さらに取材を進めると、「ヤシの木の生態にも広まった理由がある」とプラントハンターの西畠清順さんは指摘する。
プラントハンター 西畠清順さん:ここにワシントンヤシのちっちゃいやつが…。
見せてくれたのは、ワシントンヤシという種類で、まだ背の低い“若い木”だ。
プラントハンター 西畠清順さん:最大で20メートル近くなるんじゃないですかね。普通の木だと、枝がいっぱい張ったりするので、風の影響を受けやすかったりとか、樹木自体の重量が枝とともに増えていくんですけど。
ヤシに関しては基本的にまっすぐ伸びて、葉っぱが先についてるだけなので風に強い。
さらに、南国の植物というイメージだが、気温が下がる日本の冬でも影響が少なく成長できるそうだ。
プラントハンター 西畠清順さん:けっこう需要はあります。管理がしやすいというのがあるので、(年間)100本単位では出荷してる。

■JR徳島駅前では街のシンボルに
植えられてから数十年がたち、ヤシの木が街のシンボルになっている場所もある。
記者リポート:JR徳島駅前にはヤシの木がずらーりと並んでいて、まるで南国のような景色が広がっています。
徳島市の街中で、空に向かってまっすぐ伸びるヤシの木。
観光客:南国っぽいなと。駅前ではちょっとめずらしいですかね。
徳島市民:駅から眉山までの象徴的な景色。
県によると73年前の1953年、景観計画の一環でヤシの木が植えられはじめ、今ではこの周辺で100本以上。長年、徳島のシンボルとして親しまれてきた。
しかしこの景色、近く見られなくなるかもしれない。

■阿波おどり会館の前のヤシの伐採決定
記者リポート:阿波おどり会館の前にある8本のヤシの木が、今年度中に伐採されるということです。
よく見るとかなりの高さに育ったヤシの木。高いもので20メートル以上になり、その重さはなんと4トン程に。
風に強いという特性を持つ一方で、平均80年ほどの寿命を超えると倒木の恐れなども増すことから、市は伐採することを決めたのだ。

■「絶対に切らないでほしい」ヤシと一緒に育った地元の声
取材班はこの景色に思い入れのある人に出会った。創業から100年を超えるそば店の瀬戸さんだ。
本家橋本店主 瀬戸克浩さん:僕が生まれたのが1964年なので、もう(生まれる)11年前からあった。吉野川から眉山が見えて、ここに帰ってきたらヤシの木が見えてというのが順番に、ふるさとの現風景みたいな。
幼い頃に撮影した写真には、まだ背の低いヤシの木が…。
実はそば店を営む傍ら、短歌を詠むことが趣味の瀬戸さん。人生の節目に詠んだ大切な一首がある。
瀬戸さんの短歌:蕎麦屋嗣ぐ 決意固めし われが見む 一直線に伸びる椰子たち
サラリーマンを辞め、そば店を継ぐときの心境を表わした歌。
(Q.ヤシの木をみて心が決まった?)
本家橋本店主 瀬戸克浩さん:後付けですけどね。ヤシの木というのが、僕の心の中に植えられている。一緒に育ってきたなと。絶対に切らないでほしいし、このままずっともっと上まで伸びてほしい。

■「寂しい」思いに寄り添いつつ「倒れる危険性」を懸念 市の判断
徳島の人たちと一緒に育ってきたヤシの木。
街の人の思いも含め、徳島市長に聞いてみると…。
徳島市 遠藤彰良市長:あの景色を、もう何十年も当時生まれたときから、ずっと見てこられた方が『寂しい』という思いはあるかもしれませんが。
市としては判断は非常に難しいんですけども、当然古くなってくれば倒れる危険性が高くなるわけですから、そういうことも踏まえて今後いろいろ決断をしていかなければいけない。

■「命に代わるものはない」シンボルツリー伐根 遺伝子継ぐ新たなヤシを育てる学校も
街の人たちから長く親しまれたものの、伐採を余儀なくされるヤシの木。
シンボルツリーとの別れを決断した学校もあるということで、取材班は兵庫県・西宮市の高校を訪ねた。
西宮東高校 辻博光教頭:ここに3本のヤシの木があったんですけど、伐採した時に根ごと伐根しましたので、今はなにもない状態です。
ここにあったのは、1期生が卒業する時に植えた3本の「ワシントンヤシ」。およそ60年にわたって学校のシンボルとして親しまれてきたが、2024年、議論の末に伐採という決断に至った。
西宮東高校 辻博光教頭:ヤシの木が大きく成長しまして、葉っぱや木の皮が、外の幹線道路に出ていったり、倒壊の危険性も出てまいりまして、長い議論の果てに伐採することになりました。
安全は大事だと思いますし、命に代わるものはありませんので、苦渋の決断だったと我々も思っています。
しかし、その記憶を少しでも残そうと、卒業生が伐採されたヤシの木を使ってオブジェを作り、さらに新たな取り組みも…。
西宮東高校 辻博光教頭:もともとあった3本の木の遺伝子を継ぐものが今、育てられています。
場所を変えて3本のヤシの木が植えられ、新たな学校のシンボルになるために育っている。

■「自分たちのその将来を、どう描くのか。議論した上で決めなければならない」と専門家
ヤシの木にかぎらず、街路樹を維持し続けることについて専門家は。
大阪産業大学 川口将武教授:街路樹をどうしていけばいいのかという、今ちょうど岐路に立たされているような時代にある。
切って更新するか、そのままなくすか。自分たちのその将来を、どう描くのか。きっちりみんなで議論した上で決めないといけないのでは。そこが重要なのでは。
街のシンボルとしての役割を果たしつつも、安全性が問われるヤシの木。
このまま消えゆくことになるのだろうか。
(関西テレビ「newsランナー」2026年4月27日放送)

