障がいのある選手とともにパラリンピックを目指す射撃のコーチがいる。広島を拠点に、ピストル射撃という競技に向き合い続けてきた。自身の選手経験から語られる言葉とまなざしは、選手たちの心を動かしている。
第2の競技人生は、パラ射撃コーチ
日本パラ射撃連盟ナショナルチームのコーチ・中重勝さん。2024年からさまざまな障がいのある選手を指導している。
「コーチと選手という上からの立場じゃなくて、選手と一緒にパラリンピックへ行ってメダルを取りたいなと思っています」
自身もピストル射撃の選手として、国体に38回出場し13回優勝。オリンピックには日本代表として3大会出場してきた。その競技人生の“第2ステージ”として選んだのが、パラ射撃のコーチだった。
広島・安芸太田町の「つつがライフル射撃場」。
中重さんは車を降りると、トランクから車いすを取り出した。運転していた男性のものだ。
「選手です。神奈川から来ました。55歳です」
この日、広島入りしたのは日本パラ射撃連盟・育成選手の齋藤康弘選手。パラリンピック出場を目指し、練習にやってきた。
だが、この射撃場にエレベーターはない。
中重さんが車いすを抱え、選手たちとともに2階の練習場所へ階段をのぼる。
「ゆっくりゆっくり。ここでケガしたらなんにもならん」
ポジティブに「確信を持って引け」
パーン、パーン。静かな空間に乾いた音が響く。
射撃競技のエアピストルは、10メートル先の直径わずか15センチほどの的を狙う繊細なスポーツだ。求められるのは、極限まで研ぎ澄まされた集中力。健常者の選手だった中重さんにとって、パラ選手のコーチとして向き合うことに、はじめは戸惑いもあったという。
「車いすに座った状態でのバランスのとり方、車いすが動かないようにするためにはどうすればいいか。健常者のマニュアル通りではいかない。一人ひとりに合わせた“オリジナル”の指導をしていかないといけない。その難しさがあります」
的に狙いを定める齋藤選手。その姿を、中重さんは背後からじっと見つめる。瞬きひとつせず、選手の構えに注目する。
「辛抱、辛抱、辛抱…。よっしゃ」
その日、齋藤選手は思うように調子が上がらなかった。
「緊張したのか、いつもの引きができず前半焦りましたね」
中重さんが問いかける。
「自分の中で自信をもって引いとる?自信も必要なんじゃけど、確信よね。確信をもって引けるようにせにゃいけん」
率直な広島弁が齋藤選手の胸に届く。

中重さんが繰り返し口にする言葉がある。
「良いイメージの同一性」
「だいたい人は、悪いことを思い浮かべてしまうんですよ。例えば『銃を止めにゃいけん』と考えると、余計に動いてしまう。ネガティブなことばかり考えていると、どうしても体はそっちに引っ張られる。だから、もっとポジティブに、自分のやりたい方向をイメージしてやるんです」
「内面は健常者も障がい者も同じ」
中重さんは選手時代も含め、競技の中で感じたことを言葉として書き留めてきた。
「自信を持って引く」
「同じ見え方、同じ引き方」
「最後の最後まで集中しろ!」
自らに向けてきた言葉を、後に続く選手にも伝えたい。世界を舞台に戦ってきたからこそ、語れる言葉がある。
「世界一になろうと思ったら、世界一の練習しようや。世界一の一発を打とうや」
そう言って選手たちを鼓舞する一方で、日本のパラ射撃が抱える課題にも目を向けている。
ライフル競技では多くの選手が頭角を現し、国際大会でもメダルを狙える選手が増えている。だが、ピストル競技ではパラリンピックの強化指定選手がいない。
日本パラ射撃連盟の田中辰美コーチは、こう話す。
「技術が上手になるだけでは強くなれない。心の底から自分自身を信じることができないと、勝てないんですよ。中重さんはそれをご自身の経験としてよく分かっていらっしゃるので、選手にも、自分の言葉で気持ちを込めて熱意をもって伝えてくださる」
パラリンピックのコーチとして、選手の障がいの有無に関係なく、一人の人間として向き合ってきた中重さん。
「内面的なものは、健常者だろうが障がい者だろうが同じ。やればやるほど上手になると思います」
そんな姿勢は、選手たちに大きな影響を与えている。昼食の時間、齋藤選手がふと口にした。
「人生の転換期っていつだろうって、みんなで話し合ったことがあるんですよ。『中重コーチに変わった時』っていうくらい、すごい」
中重さんは少し照れくさそうに、ただ笑っていた。
63歳の挑戦「メダルをかけてくれたら」
中重さんは、選手時代からランニングを続けている。
「昔は一歩が1点につながると思って走っていました。今はもう自分の健康を維持するために走っているだけ」
今年で63歳。体の衰えを感じることもある。
それでも走る理由を問われると、少し考えて答えた。
「限界に挑戦することが好きなのかな」
チャレンジを続ける中重さんには目標がある。
「選手にはぜひパラリンピックに出てメダルを取ってほしい。そして『中重コーチのおかげです』って、わしにそのメダルをかけてくれたら一番幸せなんじゃないんですかね」
4月9日、強化指定選手の選考に関わる大会に向け、中重さんは広島を出発した。その選考で、齋藤選手の得点は542点。基準にわずか3点届かず、強化指定選手にはなれなかった。
「次に向け、また選手とともに再出発します」
国内パラ射撃のピストル競技は、まだ発展途上にあると中重さんは見る。それでも、選手たちは目に見えて上達し、自身の言葉を理解してくれる。その手応えが、大きなやりがいにつながっているという。
「選手が一つでも上のランクにいってもらえればいいかなと思っています。今まで自分が射撃をやってきて、すごく楽しかったし幸せだった。いろんな経験をさせてもらった。それは、選手にも経験してもらいたい」

射撃がくれた喜びも、悔しさも。すべてを知る中重さんは、次の一発を信じている。
目指すのは、2028年ロサンゼルスパラリンピック。選手とともに輝くその瞬間へ――中重さんの挑戦は、続いていく。
(テレビ新広島)
