日本の小説が海外で次々とヒットしている。イギリスでは、日本の小説が海外文学ランキングの上位を占め、村田沙耶香、柚木麻子、柴崎友香らの作品がベストセラーや文学賞の常連になった。作品は40以上の言語に翻訳され、累計数百万部を売り上げる例も珍しくない。

その広がりを支えているのが翻訳家の存在だ。

「ロンドンブックフェア2026」に来場する人々
「ロンドンブックフェア2026」に来場する人々
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2026年3月に開かれた世界最大級の出版イベント「ロンドンブックフェア 2026」でも、日本文学への関心の高さがうかがえた。

いま英語圏では、作品そのものだけでなく、「この翻訳家の訳だから読みたい」と感じる読者も増えている。翻訳家は単に言葉を置き換えるだけでなく、日本文学を掘り起こし、選び、海外の出版社へ届ける“仕掛け人”でもあるようだ。

「この翻訳家だから読みたい」 読者を動かす翻訳家の力

ブックフェアでは、芥川賞作家の柴崎友香さんをはじめ、小説家の八木沢里志さん、八木詠美さんが渡英しトークショーを行った。

八木詠美さん
八木詠美さん

終了後のインタビューで、八木さんは「翻訳家の方自身への関心も高まっていて、この翻訳家の方が訳しているから読んでみようというケースも多い。発信力の強さを感じる」と語った。

いまや翻訳家は“裏方”にとどまらない。誰が訳すかによって作品への信頼感や注目度が変わるほど、その存在感は大きくなっている。

ロンドンの書店「Foyles」でトークショーを行った柴崎友香さん(中央)とポリー・バートンさん(右)
ロンドンの書店「Foyles」でトークショーを行った柴崎友香さん(中央)とポリー・バートンさん(右)

柴崎さんの芥川賞受賞作『春の庭』を英訳したのは、翻訳家・作家として知られるポリー・バートンさん。

バートンさんは、2024年にイギリスの大手書店チェーンで最も売れた本となった柚木麻子さんの『BUTTER』も手がけた。柚木さんも英メディアのインタビューで、「彼女の翻訳だからこそ読まれる部分もある」と、その力を認めている。

オリジナル版と英訳版の『BUTTER』
オリジナル版と英訳版の『BUTTER』

2025年には、王谷晶さんの『ババヤガの夜』がイギリス推理作家協会の翻訳部門賞を受賞した。この作品が出版に至ったきっかけを作ったのも、太宰治や川上未映子などの作品の翻訳で知られる翻訳家サム・ベットさんだ。

ベットさんが作品の魅力を見抜き、英米の出版社に働きかけたことで英訳出版が実現した。翻訳家は作品を見つけ、海外市場へつなげる役割を果たしているのだ。

翻訳家は“訳す人”ではなく“見つけて売る人”でもある

村田沙耶香さんの『コンビニ人間(2016年芥川賞)』を英訳した竹森ジニーさんも、翻訳家の役割は訳文づくりだけではないと話す。

竹森さんと村田さんのつながりは、2011年に短編『かぜのこいびと』を英訳したことに始まる。

その後、2014年に英出版社グランタの文芸誌に短編が掲載され、「もっと村田沙耶香の作品が読みたい」という声が寄せられるほど反響を呼んだ。

そして2018年に出版された『コンビニ人間』英訳版は、世界46カ国語に翻訳され、全世界で累計300万部を売り上げる大ヒットとなった。

ロンドンの書店で販売されている『コンビニ人間』英訳版
ロンドンの書店で販売されている『コンビニ人間』英訳版

竹森さんは、「翻訳家自らが日本の出版社から翻訳許可を得て、海外の出版社に提案することがある。どの国、どの出版社がいいか選ぶところも担う。だからこそ自分たちが大好きな本を提案しており、読者も気に入るはずだという意識がある」と語る。翻訳家は、自分が本当に面白いと思う作品を、自らの責任で“推す”存在でもあるのだ。

日本文学輸出の舞台裏 翻訳家がつなぐ出版社と海外市場

実際に日本文学が海外で出版されるまでには、翻訳家と現地出版社の編集者が日頃から情報交換を行い、気になる作品があれば日本の出版社や代理店に問い合わせる流れがある。

最近では、海外出版社の側から、今売れている人気の作品に近い、未翻訳作品を探して問い合わせが来ることもあるという。

近年の海外でのブームをふまえて、日本の出版社が翻訳家に企画書やサンプル翻訳を依頼し、海外へ売り込むケースも増えている。商機をつかむべく、出版社も積極的に動いているようだ。

「ロンドンブックフェア2026」の日本ブース
「ロンドンブックフェア2026」の日本ブース

竹森さんは、昨年夏にイギリスを訪れた際、多くの編集者と面会し、今後翻訳したい本を売り込んだ。編集者側からはヒーリング小説や猫をテーマにした新たな作品がないか尋ねられたそう。

日本文学の海外ヒットの裏には、優れた作品そのものの力だけでなく、それを「今、届けるべき本」と見いだし、推し、つないできた翻訳家たちの存在があった。翻訳家はもはや単なる“訳し手”ではなく、日本文学を世界へ運ぶキーパーソンとなっている。

【執筆:FNNロンドン支局 長谷部千佳】

長谷部千佳
長谷部千佳

1998年藤沢生まれ。早稲田大学法学部卒。2023年よりロンドンに拠点を移し、FNNロンドン支局で記者助手とカメラマンを担う。守備範囲は広めの無趣味。いつも音楽と街中の人の装いを追っている。