「こっからどうなるかなっていう不安とドキドキと、けど楽しみです」――神奈川から輪島へ移り住んだばかりの松本羽音さんは、荷物を抱えながらそう話した。震災後の奥能登で、若者の流出が止まらない。15歳から18歳の人口は5年間で半減した。その危機に立ち向かうべく、輪島市は「移住者の視点」を武器にした高校魅力化プロジェクトを動かし始めた。

「防災意識低いといわれているのは問題だ」――元非常勤講師が輪島を選んだ理由

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この春、輪島市の地域おこし協力隊に2人の新しいメンバーが加わった。そのうちの一人が、神奈川県出身の松本羽音さんだ。

松本さんはこれまでの3年間、神奈川県内の中高一貫校で非常勤講師を務めてきた。教壇に立ちながら、地域と防災の関係について強い問題意識を抱いていたという。

「海沿いの地域に住んでいるので、もしかしたら首都直下地震が起きたら津波が来るかもしれないという部分とか、防災意識低いといわれているのは問題だなというのがあって、学校的に方針としていろいろやっていかなきゃいけない部分もあるので、そこともつなげられるかなという感覚はありました。」

能登半島地震が発生した後には、ボランティア活動にも参加した。被災地を自分の目で見て、支援の現場に身を置いた経験が、輪島への移住を決断する後押しになった。

地域おこし協力隊の任命式で松本さんは「ありがとうございます。お願いします」と頭を下げた。

デスクで、荷物が多いと指摘された松本さん。「寒いから全然慣れないです」と苦笑いする。神奈川の温暖な気候で育った松本さんにとって、能登の春はまだどこか肌寒く、すべてが新しい環境だ。

公営塾「学習センター」――月3000円から始まるマンツーマンの学び

松本さんが担うのは、「高校魅力化プロジェクト」の運営だ。移住者の目線で高校の魅力を掘り起こし、地域と学校をつなぐ架け橋となる役割である。

プロジェクトの中核を担うのが、2022年に輪島市が開設した「学習センター」。午後4時半から午後9時半まで開いている公営塾で、地域おこし協力隊のスタッフが高校生の学習サポートを行っている。
利用料は月額3000円から5000円。常駐する職員からマンツーマンで学ぶことができるという仕組みだ。

実際に学習センターを訪れてみると、スタッフの男性がノートパソコンを前にして高校3年生と向き合っていた。英語のノートにびっしりと書き込まれた内容を見ながら、スタッフの大久剛司さんが声をかける。

高校生は「ほぼ毎日来させてもらっています。志望校とかだったり、一緒に計画とか立ててもらったりしています、学校の先生とは違うけど、先輩みたいな感じかな、近い感覚で言ったら…。」と話す。
教師でも親でもない、けれども確かに寄り添ってくれる存在。そういった関係性が、生徒の日々の学習を支えている。

15歳から18歳の人口が5年で半減――震災が加速させた人口流出

こうしたサポートの背景には、輪島市が抱える深刻な危機感がある。

輪島市によると、市内の15歳から18歳の人口は、2019年の1102人から、震災後の2024年には547人と、わずか5年間で半減した。能登半島地震がその減少に拍車をかけたことは言うまでもない。少子化という全国共通の課題に、震災が追い打ちをかけた。

高校魅力化推進スタッフの大久剛司さんは、その危機をこう語る。「現状、輪島高校も門前高校も、生徒が減ってきていて、そもそも中学生、子どもの数も減っていく中で、高校がなくなってしまうと、どんどん人口が出て、人口流出止められなくなるので、まずは高校生が安心して、もっと勉強頑張りたいなって思ってもらえる子は、この学習センター、放課後のほうに勉強のサポートで携わっている。」

高校がなくなれば、若い世代は進学のために市外へ出ていくしかなくなる。そしてそのまま戻らなければ、地域の活力はさらに失われていく。学習センターの取り組みは、その負のスパイラルを断ち切るための、最初の一手なのだ。

なお、輪島市では今年4月から、13の小中学校を4校に再編した。教育環境が大きな転換期を迎えている奥能登において、高校の存続はとりわけ重大な意味を持つ。

「生徒が普通と思っていることも、初めて来た人からしたらここが良かった」

プロジェクトが重視するのは、学習支援だけではない。高校生が地域の人たちと交流し、ふるさとの魅力を改めて考える課外授業も、プロジェクトの大きな柱だ。

ここで「移住者の視点」が力を発揮する。地元で生まれ育った高校生には、自分たちの地域の何が魅力なのかが見えにくい。日常の風景として溶け込んでしまっているからだ。

大久さんはこう言う。「良くも悪くも輪島の良さも悪さもあんまり分かっていないんですよね、最初は。生徒はこれが普通って思っていることでも、初めて来た人からしたらここが良かったとか、伝えられるポイント。」

外から来た人間の目には、地元の人が当たり前だと思っていることが、特別に映る。地域おこし協力隊のメンバーは、まさにその「初めて来た目線」を持っている。その視点を活かして、高校生が自分たちの地元を客観的に見つめ直す機会をつくる。それが高校魅力化プロジェクトの本質的なねらいだ。

輪島に来て2週間、自分の足で街を歩く

輪島にきて2週間が経った松本さん。自分の足で輪島の街を歩き、地域を知ることから始めている。

出張輪島朝市で、松本さんは地元の人たちに声をかけていく。「どこから来たの」と尋ねられれば、「2週間前に輪島に来た」と自己紹介し、「移住です、地域おこし協力隊で」と続ける。驚かれながらも、会話が生まれる。

震災後の輪島の街は、まだ多くの傷跡を残している。そんな街の変化を、松本さんは自分の目で確かめ続けている。
「街が変わっていく様子が、自分自身の目で確かめたものを届けていく、生徒とかに届けていけたらいいなと思っているところです。」
移住者だからこそ感じられる変化がある。震災前を知らない外からの目だからこそ、今の輪島の姿を新鮮に、そしてリアルに見ることができる。その感覚を生徒たちに伝え、地域への愛着と誇りを育む。それが松本さんの仕事だ。

任期は最長3年――それでも「ご縁があれば」

地域おこし協力隊の任期は、最長でも3年間だ。その後も輪島に残るかどうかは、本人の判断に委ねられている。
松本さんに「最終的には輪島にいる?」と問いかけると、こう答えた。

「仕事があれば、ご縁があれば、いたいなって気持ちです。」
正直な言葉だった。3年後の自分がどこにいるかは、今の松本さんには分からない。だが、少なくとも今、この瞬間は、輪島のために動いている。その姿勢は揺るぎない。

高校の魅力を高めようとするプロジェクトは、全国各地に広がりを見せている。石川県内では能登高校にも同様の取り組みがあり、教育環境の整備だけではなく、地元らしさを掘り起こすことで移住者の増加につながった事例も生まれている。

学校の数が減っていく中で、残る高校をいかに魅力的にするか。その問いへの答えを、移住してきた若者たちが体を張って探している。
「ここからどうなるかなっていう不安とドキドキと、けど楽しみです」
松本さんが輪島に来たばかりの日に漏らしたその言葉は、今もこのプロジェクト全体を象徴している。不安を抱えながらも、前に踏み出す。その一歩一歩が、輪島の高校の未来を、そして地域の未来を、少しずつ切り開いていく。

(石川テレビ)

石川テレビ
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