福島県泉崎村の中学生だった大野結夢さんの作文が、全国中学生人権作文コンテストで最高賞の内閣総理大臣賞を受賞した。耳が聞こえない母との暮らしから生まれた「人が人を助ける」というメッセージが、静かに共感を広げている。

作文コンテストで福島県初の最高賞

3月19日、福島県庁を訪れた大野結夢さん(当時中学3年生)は、内堀雅雄知事に全国コンテストでの最高賞受賞を報告した。
全国から72万を超える作品が寄せられた「全国中学生人権作文コンテスト」で、大野さんの作文は最高賞である内閣総理大臣賞に選ばれた。福島県からの受賞は初めてとなる。

2026年3月19日 福島県知事への受賞報告
2026年3月19日 福島県知事への受賞報告
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大野さんは受賞した作文について、「私と母の間柄では『人が人を助ける』という風になっているので、そこが世の中にも広まっていってほしいなという思いで書きました」と語った。
報告を受けた内堀知事は「すごいです、すごいですね!本当に。いまお話聞いていて、また感激しました」と称賛した。

「母は一番の心の支え」

受賞作は、『私の母は、耳が聞こえない、私が生まれた時には、すでに聴力を失っていたので、母の耳が聞こえないことは、私にとって特別なことではなかった。』という一文から始まる。
作文は、耳が聞こえなくても口の動きを見て熱心に話を聞いてくれる母への思いを綴っている。

『どんな悩みや辛いことがあっても、母に話すと、すっと心が軽くなるのだ。私にとって、母は一番の心の支えだ。』

2026年春 中学校を卒業
2026年春 中学校を卒業

大野さんは母・めぐみさんについて、「性格はとても明るくて元気な人。その裏でたくさん悩んできた人でもあると思っています。しっかりしているようで、少し気が抜けている所もあります。そんな所も私は大好きです」と話す。

20代で聴力を失った母の苦労

母のめぐみさんは20代で急激に聴力が落ち、耳が聞こえなくなった。「どこでも『治療法はない』『原因も不明だし治療法はない』と言われて、その当時は本当に怖くて、闇の中さまよっているみたいな、そんな気持ちでした」とめぐみさんは振り返る。

大野さん家族
大野さん家族

3人の子どもに恵まれたが、大野さんが1歳の時に夫に先立たれ、子育ては不安と隣り合わせだったという。
めぐみさんは「子育て中は、泣き声も聞こえない、車の音も聞こえないので、お買い物に行っても駐車場とかで目でしっかり見て子どもに危険がないように。子どもを守ることが難しく感じた」と語る。

「健常者が障がい者を助ける」ではない

大野さんが母の苦労の一端を知ったのは、小学6年生の時だった。聴覚障害者の母がいる当たり前の日常から生まれた『理解からはじまること』と題した作文は、こう締めくくられている。

『私が、母の障害を特別なことではないと思うように、さまざまな障害の理解が進むことで、障がい者という概念を持たずに、その人自身を見られる世の中になっていってほしい。「健常者が障がい者を助ける」という構図ではなく「人が人を助ける」という考えが大切なのではないだろうか。』

幼いころの大野さんと母・めぐみさん
幼いころの大野さんと母・めぐみさん

娘の作文を読んだめぐみさんは、心が軽くなったと話す。
「何回も聞き返してしまうし、筆談していただくので、負担にならないかな、迷惑にならないかなっていうことは考えてしまう」と、これまでの心境を明かした。
しかし、作文を読んで「ハンディキャップをもった私自身も、しっかり相手に自分が何に困っているのかを伝えることが大切だと思った」という。

自然と手を差し伸べられる社会へ

将来は言語聴覚士などの職業に興味を持つという大野さんには、広がってほしいと願う社会の姿がある。

大野結夢さん
大野結夢さん

「人それぞれの困りごとを理解して、困っている人に自然と手を差し伸べられるようになれば、あたたかい世の中になってくれるかなって思っています。障害とかほかにも様々なことについてアンテナを張って生活していきたいなって思っています」

(福島テレビ)