116年の歴史に幕が下りるまであと1週間となりました。
3月末で廃線となるJR留萌線です。
今後、鉄路の未来はどうなるのでしょうか。
名残雪に覆われた水田。
深川を出発すると列車は道内有数の米の産地を通り抜けます。
深川から石狩沼田まで駅の数はたったの5つ。
路線の全長は14.4キロで、主要な鉄路である「本線」としては全国でもっとも短いのがこのJR留萌線です。
「石狩沼田駅では廃線前に列車に乗ろうと多くの鉄道ファンたちが訪れています」(蒲生美緒記者)
「雄大な雪景色を見られるのがいいところ」
「命がけでつくられた路線がどんどんなくなっちゃう。時代が時代で、こういうときしかお客さん乗らないのは残念」(いずれも鉄道ファン)
3月31日で留萌線は廃止となります。
それぞれの駅では鉄道ファンが掲示板や駅名の看板などを撮影し、別れを惜しんでいました。
石狩沼田駅前の商店街には留萌線ができる前から商売を続けてきた店があります。
「寂しいです、なくなるのは。駅が中心になって開けたマチ。留萌鉄道ができるというので皆ここに移って商店ができた」(小泉清彦さん)
1894年に創業した「小泉商店」。
留萌線の廃止が迫り、3代目の店主・小泉清彦さんが思い出すのはにぎやかだった車内の様子です。
「(列車内は)石炭のストーブですからその上でニシンを焼いたり。留萌からガンガン部隊が魚を積んできて(沼田町で)お米などと交換していく」
「夏は海水浴に行った汽車で増毛まで行った、和やかに田園風景を見ながら。この辺と違って『ああ海だ』と言って。みんな夢中になって騒いで眺めた」(小泉さん)
留萌線は1910年に開業しました。
留萌市からは海産物が内陸地方に。
沼田町からは「昭和炭鉱」の石炭や木材、米などが留萌まで運ばれていました。
しかし炭鉱が相次いで閉山すると周辺の人口は減少。
留萌線の廃線はこれまで留萌~増毛間、石狩沼田~留萌間で段階的に行われ3月で留萌線そのものが消滅することになります。
「深川から沼田までは(列車の方が)時間は早い。(廃線で)もっと寂しくなる」(沼田町の高校生)
深川行きのバスは4便増えてあわせて10便になりますが…
「うち車ないから(病院通いなど)汽車使うの。バスになったら朝1便で行って(病院で)診てもらったら夕方近くに帰ってくる」(沼田町民)
輸送人数が少ない「赤色線区」はJRと各自治体が協議した結果、すべて廃止が決まりました。
ほかにも赤字が大きい「黄色線区」があり、存続か廃線か、議論が続いています。
「見直しの中で従前よりも使い勝手がいい、料金が安い、利便性が高まるとか、そういう要素をいくつか見いだすことができたらなくなるデメリットを相当カバーできる」
「プラスに転化することもあり得る。そういう議論をもう少し真摯にすべきだ」(北大公共政策大学院 石井吉春客員教授)
沼田町は廃線のあとも石狩沼田駅をマチの拠点として残す方針です。
「開拓魂、なくなっていくものは仕方ないが、どう発展させ、つむいでいくかを考えなければいけない」(沼田町地域おこし協力隊 村上欣喜さん)
先人たちが残した鉄路を今後どうするかが、問われています。
留萌線がその長い歴史にまもなく幕を下ろしますが、北海道には他にも存続が危ぶまれている鉄路が数多く存在します。
存続か廃止か、まだ方針が定まっていない線区もあるのが現状です。
現在、画像の赤で示された線区は段階的に廃止が進んでおり、3月末の留萌線廃止をもって、このカテゴリーの赤の線区は全て廃止となります。
今後検討されているのは黄色の線区で、これらは赤の線区よりも輸送密度が高く、利用客も多いものの、線路が長く維持コストがかかるため、赤字の場所が多くなっています。
そのため、JR北海道はこれらの線区の存続も難しいのではないかと検討を進めており、今年度中に方針を取りまとめる予定でしたが、先週その見送りが発表され、いつ決定されるかは未定となっています。
この検討対象には、「第2のニセコ」とも称される富良野などが含まれています。
富良野のような地域は、さらに多くの観光客を集める可能性を秘めており、地元自治体も努力しています。
JR北海道は地元の自治体との協議を続けていますが、専門家は、その周辺エリア全体の魅力を向上させる議論にも期待を寄せています。