天皇の象徴「高御座(たかみくら)」が狙われた時

カテゴリ:国内

  • お代替わりまで1年 「即位の礼」で使用される「高御座」が公開された
  • 大正2年に作られた「高御座」は大正天皇も昭和天皇も使用されたもの
  • 天皇や即位の象徴である「高御座」は一部過激派に狙われた

即位の礼に使用する「高御座(たかみくら)」を公開

今上陛下は平成31年4月30日に退位され、皇太子さまは翌5月1日に即位されます。
つまり、お代替わりまでまもなく1年となるのです。

お代替わりに向け、今上陛下と皇后さまの当面のお住まいは旧高松宮邸の高輪皇族邸に決まり、政府のご退位と即位の儀式準備委員会では、儀式の方向性も決まりました。

そんな中、皇太子さまが即位されるにあたり、大切な儀式の一つ「即位の礼」で使われる「高御座」が報道陣に公開されました。

「高御座」は即位の象徴

左が高御座 左が御帳台

即位の礼はどのように行われるか。

即位される陛下は、布で隠された八角形の小さなお堂のような調度品「高御座」へと後ろから登られ、正面の布の幕が開くと陛下が即位したことを宣言。
それに対し、国民の代表が「高御座」の前でお祝いの言葉を述べるというもので、「高御座」はまさに即位における象徴なようなものなのです。

ちなみに、皇后さまは、十二単姿で右隣に置かれる「御帳台」(みちょうだい)という、「高御座」をちょっと小ぶりにした場所へと入られるのです。

今回使用される「高御座」は現在、京都御所に保管されています。
この「高御座」は大正2年に作られ、大正天皇が即位礼を行った際にも使われたもので、その後も昭和天皇、現在の陛下も即位の際に使われたものです。

黒漆に吹かれた浜床 中央に鳳凰 両脇に麒麟

浜床(はまゆか)と呼ばれる黒の漆塗りに麒麟や鳳凰が描かれた台の上に、八本の柱からなる八角形で、屋根の部分のもっとも高いところには大鳳(おおとり)、その周りの反り返った「蕨手(わらびで)」と呼ばれる角々の装飾品には小鳳が配されています。

また屋根の淵には大小の鏡や白玉(はくぎょく)の装飾も施されています。

内部は、天蓋の中央に御座(ぎょざ)とか御倚子(ごいし)と呼ばれる玉座のような椅子が置かれ、向かって右側に剣を、左側に勾玉を置く机、さらに御璽・国璽を置く机も置かれています。

椅子の下は畳張りで、その上3枚の敷物が敷かれ、真上の天井にも鏡があるということです。

記録によれば、「高御座」の歴史は天平16年(744年)までさかのぼると言います。
大きさに変化はあったようですが、基本的な形に大きな変更はなかったようです。

御座(御椅子)と三種の神器のうち剣を置く台

京都から東京へ「髙御座」の大移送作戦

現在は京都御所の紫宸殿(ししんでん)に保管されているわけですが、明治天皇が即位された際にはこの場所で即位の礼は行われ、大正天皇、昭和天皇もお住まいは東京でしたが京都に出向き、京都御所でこの「高御座」を使い即位の儀式に臨まれています。
その一方で、今上陛下の即位の儀式については、政府は警備や費用を考え東京で行うことを決めました。

そのため、京都御所に保管されていた「高御座」を東京へと移送することになり、移送に合わせ、宮内庁は東京で「高御座」の痛んだ部分を修復することとしました。

こうした計画を立てたのですが、その一方で、昭和天皇が亡くなられたのに合わせ「即位の礼、大嘗祭」が行われることに対し、一部の過激派が反対の活動を展開。
都内だけでなく京都御所も迫撃弾で狙うという騒ぎまで起こしたのです。

このため、政府はヘリコプターを使った輸送計画を立てます。
京都御所で分解した「高御座」と「御帳台」をトラックで自衛隊の基地に運び、立川市の基地まで空輸し、そこからまたトラックで皇居まで運びました。
トラックで運ぶ際もダミーのトラックを使うなど、極秘裏に進められた計画でした。

このように「高御座」は天皇や即位を象徴するものとして狙われました。

京都御所 紫宸殿(ししんでん)

この夏に「高御座」と「御帳台」を東京へ移送

今回、即位の礼は東京で平成31年10月22日に行われることがご退位とご即位の儀式準備委員会で決められました。

これに合わせ宮内庁では、痛んだ部分を修復する予定で、この夏にも「高御座」と「御帳台」を東京へと運ぶ予定です。
時代を反映するように、今回はすべて陸送となる見込みです。

来年の10月にはつややかに輝く「高御座」と「御帳台」が使われ、皇太子さまが御代の始まりを宣言されることになります。

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