創部から73年。これまで、数多くのオリンピックマラソン選手を生んできた、旭化成陸上部。

輝かしい歴史を背負いながら、なかなか結果を残せなかったものの、2019年には駅伝で三連覇を達成。常勝軍団は復活の兆しを見せた。

ところが、マラソンでは厳しい戦いを強いられることに。後編では、2018年オーストラリアで行われた強化合宿の様子、2人の主力選手、村山謙太と大六野秀畝の思いに迫る。

【前編】数々の有名選手を輩出してきた、名門・旭化成陸上部 マラソン代表への道

チームでもう1人、オリンピックを目指す大六野

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旭化成陸上部でもう1人、マラソン初挑戦へ向けて調整する期待の選手がいた。

1か月後に北海道マラソンを控えていた、大六野秀畝。大六野も東京オリンピックでマラソン出場を狙う選手のひとり。

2018年シーズンのトラックレース(日本選手権、兵庫リレーカーニバルなど)は国内で敵なし。フォーム改造にも取り組むなど、マラソンへ人一倍強い思いを持っていた。

「競技をやっているからには、負けたくないというか。ただ世界レベルの大会に出場するだけじゃなくて、やっぱり入賞だったり、メダルを獲ったり、そういったところに安定して入っていけるような選手になるというのが今の目標です」

首脳陣も期待を寄せる選手のひとりの大六野本人から、こんなエピソードを聞いた。

「猛さん(宗猛総監督)に、ちょうど休み期間に連絡をもらって。2年後の明日は(東京オリンピックの)マラソンの日だから、明日6時半スタートで30km走りなさいというメールをいただきました。そういうふうにメールをもらえるっていうのは嬉しかったですね」

宗猛総監督はこう話す。

「東京オリンピックを目指すのであれば、オリンピックまでは3年しかないと。この同じ日の同じ時間帯を走るというのは、そんなにチャンスがあるものじゃないということで、『8月9日の同じ時間帯で、長い距離を走ったほうがいいんじゃない』という気持ちでメールを打った記憶があります。
大六野は非常に走法的に軽いですし、無駄がないですし、マラソン向きだと。ただフォームが軽いだけにしっかりとした基礎を作らないと、その軽さが最後まで持たないという感じがあるので、もっと距離を踏めということはよく言うんですけどね」

しかし、2018年、チームのオーストラリア合宿では、ある不安を抱えていた大六野。思うような練習ができていない状態が続いていた。

旭化成陸上部トレーナー・島崎豪紀は、「日本選手権とかの春先の試合から、函館ハーフみたいなハードな流れがあったので、ちょっとそこで疲労がたまって。そのままマラソン練習に入ったら…という感じですかね」とマッサージを続ける。

大六野自身、大きな不安を抱えているようだ。

「踏ん張れないというか、ちょっと太ももの前が張ってきて、動かなくなって前に進まなくなるって感じです。満足のいく練習が全然できていない。焦りもあるんですけど、今やれることをしっかりやらないとなという感じではあります」

この3日後、大六野は、旭化成陸上部の西政幸監督に、1か月後のマラソン出場を断念したいと申し入れた。

大六野がマラソン練習を再開するのは、この4か月も先のことになる。

元選手の妻が支えに。村山の挑戦は続く

宮崎県延岡市。旭化成陸上部のマラソン主力選手・村山謙太と入籍して半年になる妻の村山絵理さんも、元実業団ランナーだ。

「専門は長距離なんですけど、トラックだと5000m、10000mで、ロードだと10kmやハーフを走っていました。
ご飯は基本は毎日一緒に食べるので、最近は『今日はこの味違うね』とか分かってくれたりして作りがいがあります。今はマラソンに向けての練習が主なので、40km走やエネルギーを使う練習の時は、炭水化物を多めにするように心がけています。自分も現役だった時は、食事管理には結構気を使っていたので、少しでも自分の経験を生かしたサポートができたらなと思っています」

妻のサポートに、村山は決意を新たにする。

「僕に対して本気になってサポートしてくれているのがやはり伝わってくるので、結果で恩返しをしていかなきゃなと思っています。そういった連携プレーができているのはいいなと思います」

前回のレースでは、1週間前から不安で体調を崩したという絵理さん。

「理由はわからないんですけど、胃が痛くなって嘔吐したんですよ。応援する立場ってずっと見ているので、スタートからゴールするまでずっと気が気じゃないというか…。自分の現役時代とはまた違った緊張ですね。できれば見たくない。目をつぶったら、一瞬で終わってほしいと思います」

10日後に迫っていたドイツベルリンマラソン。オリンピック選考レースに出場するためには、2時間12分10秒以内で走ることが条件だった。

村山の実力からすれば、決して高いハードルではない記録。

宗猛総監督は、「この気温などを考えたときに悪くないんじゃないですか。多くを期待するとすぐに裏切るので、あんまり多くは期待していません(笑)」と冗談交じりに話していた。

しベルリンマラソンでの村山の記録は、2時間15分37秒。

結果を求められる中で、確実に力を出し切るためには何が必要なのか。走り続ければ、その答えは見つかるのだろうか…。

い日本陸連強化委員会マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古利彦は、こう指摘する。

「マラソンって簡単ですよ。練習やったら走れるんですから。簡単なんですよ。練習やってないから走れないんです。意地が足らないんだと思う、今の若い人たち。マラソンを簡単に考えているんじゃないかな。1回泣くぐらい練習をやってみてと言いたい。無いような気がするね。これだけの練習量があれば、もっと走れると思う」

2019年、駅伝で三連覇を果たした旭化成陸上部。しかしマラソンでは惨敗。4月末までに獲得しなければならないMGCの出場権を手にした選手は、未だいない状況が続いていた。

大六野の初マラソンの結果は… 旭化成のプライドにかけて

2019年1月。宮崎県綾町で行われたマラソン強化合宿。

2月に行われる別府大分毎日マラソンに照準をしぼり、大六野秀畝は調整を続けていた。ようやく故障から復帰した大六野には、周囲からも大きな期待がかけられていた。

マラソン挑戦を決めておよそ1年。レース前に故障が続き、エントリーした3大会はいずれも回避せざるを得なかった。

20kmを走り、現在の状況を把握する重要な練習。1人だけ1時間を切るペースでフィニッシュした。

西政幸監督は現状をこう話す。

「目一杯ではなく余裕を持っているというのは非常にいいこと。マラソンの後半に今日みたいなペースで行ければいいんですよね。初マラソンなので30km以降鈍くなると思うので、それを意識して練習できればいいんじゃないかと。楽しみですね」

2019年2月。
第68回 別府大分毎日マラソン。

「そんなに緊張しているわけじゃないんですけど、出しきれればいいかなという感じですね。体調は、いまのところは大丈夫です」(大六野)

この日を待ち続けていた大六野。初めて挑む42.195km。優勝候補筆頭、日本屈指のスピードランナーの初マラソンに注目が集まった。

「絶好のコンディションです。今日何回も苦しいところがあるから、とにかくそれを乗り切ってゴールに近づくんだって話はしています。そこはちょっとでも頭に残っていればいいかなと思います」(西政幸監督)

先頭集団で落ち着いた走りを見せる大六野。

しかし30km手前、大六野は徐々に遅れ始めた。

日本人トップの選手から遅れること12分30秒。2時間21分47秒の第37位で、初めての42.195kmが終わった。大六野にとって、苦しみ抜いた初マラソンだった。

足にマメができて力を出しきれなかったという大六野。
マメができたのは、競技人生で初めてだった。

大六野は悔しさを滲ませながら話した。

「正直、今までの競技人生で一番悔しいので、こういう悔しい思いをしないためにやっぱりやるべきことは1つかなというのはあるので、切り替えてぶれずにやっていきたいと思います。マラソンといえば、旭化成と言われてきた中で、MGCに誰一人まだ出場権を獲得していないという点では、やっぱり自覚というか、ちゃんと背負えていなかったのかなというふうには思います」

また、同じく旭化成の中心選手、村山謙太も同様の気持ちだ。

「駅伝はよくてもマラソンがダメだっていうのをずっと言われてきて、コーチ、監督はもっともっと言われているんだろうなと思います。すごく悔しいって気持ちがあるので、それを払拭したいなと思う」

MGCに出場選手は34人。旭化成陸上部からは0人。

西政幸監督は現状をこう分析した。

「指導する側とすれば、結果を出させてあげられなかった、やらせ方が悪かったということに尽きるんじゃないか。練習自体は間違っていないんですけど、トータル的な量が足りていなかったんじゃないかっていうね。その辺含めて、見直して次回につなげていく。せっかくスピードを持っている選手たち、実績を持つ選手たち多くいますので、今後成長につなげてですね、必ずやこの悔しい思いをいい結果で晴らしてあげたいという思いはあります」

まだ完全に閉ざされてはいない、東京オリンピックへの道。残り1枠は、2019年度に開催される3つのレースで、2時間5分49秒以内で走ることが条件となる。マラソンの代表枠は3つ。旭化成陸上部は、残り1枠をかけた勝負に挑む。

最後に、日本陸連強化委員会マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古は、期待を込めて叱咤する。

「日本のマラソンのレベルを上げるには、やっぱり旭化成から出てこないと。だってマラソンの本家本元ですから。本家本元が出てこないでどうするんだって話で。だから日本のマラソンが弱いというのもあったと思いますよ。1人でも2人でもね、オリンピックの代表に名乗りをあげる。『俺が頑張ろう!』っていう選手が出てきてほしい。寂しい。日本の損失ですよ」

名門陸上部には73年の伝統と、プライドを守り続ける使命がある。
旭化成陸上部の不屈の闘いは、これからも続く。

【前編】数々の有名選手を輩出してきた、名門・旭化成陸上部 マラソン代表への道

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