全人代で注目された少子化対策
中国の首都・北京の人民大会堂で3月5日開幕した全国人民代表大会(全人代)は7日間の日程を終え、11日に閉幕した。

初日の5日、李強首相によって公表された政府活動報告の言葉に世界中のメディアは注目していた。約1時間に及んだ李首相による演説では、中国の2025年の経済成長目標が去年と同じ5%前後に設定されたことや、中国社会が抱える課題に対応する政策が明らかにされた。
その中で中国のSNSで注目を集めたのは「育児補貼(育児手当)」という言葉だ。李首相は具体的な対象年齢や支給金額には言及しなかったが、中国メディアによると毎年行われる政府活動報告の中で「育児手当」が取り上げられたのは初めてだという。
減り続ける人口、結婚しない若者たち
李首相が出産や子育を促進する政策について言及した背景には中国で急激に進む「少子高齢化社会」への危機感がある。
中国の国家統計局は今年1月、香港とマカオを除く中国本土の総人口が2024年時点で14億828万人となり前年から139万人減少したと発表した。中国の人口が3年連続で減少するのは1949年の建国以来初めてとなる。

また、結婚する若者も減り続け、民政省が発表した2024年の結婚届件数は前年から2割減った610万組となり、同時に子供の出生数も減り続けている。
“不婚不生”をアピールする女性たち
中国のSNSには若いインフルエンサーの女性が「不婚不生」のハッシュタグを付けて投稿している動画がいくつもある。「不婚不生」とは結婚も出産もせず、仕事やプライベートを楽しみ、精神的にも経済的にも自立して生きるという考え方だ。

自由で優雅な一人暮らしを紹介するインフルエンサーの中には数万人のフォロワーがいるなど一定数の若い女性たちの支持を集めている。
このような考え方はSNS上だけのものなのか、北京の民間企業で働く26歳の未婚女性に聞いてみると「結婚して出産することの難しさ」を指摘し「不婚不生」という考え方に一定の理解はあると語った。
「子供を授かる前には子供にとって良い環境を用意する必要があるので、ただ子供を授かれば良いという話ではありません。結婚をしても経済的に余裕がないのであれば独身のままで良いとも思います。自分で自分のことを養えるのであれば老後は1人でも良いと思います。今の考え方は昔より大きく変っています」
また、20代前半の大学院生は育児期間中に収入がなくなることを懸念する。
「女性が子供を産むということは仕事がストップするということを理解しなければならない。これは収入が0になるという可能性があります。そうなると子供の出産や子育てと仕事をどのように両立させるかということを考えなければなりません」
若者の結婚観を啓蒙?地元政府の“肝いり”施設が誕生
こうした若者の「結婚観」を是正しようと中国南部の湖南省長沙市では2024年10月に商店街の中心部に「嫁校」と大きく掲げた施設をオープンした。

施設に入って早速目に付いたのは「質の高い人口発展で中国式現代化を支える」という習近平国家主席の言葉だ。

施設には赤ちゃんのおむつ交換やミルクの飲ませ方を体験できるコーナーのほか、男性が女性の妊娠に伴う大変さを理解するために陣痛を体験する装置まであったが、施設の至る所でアピールされていたのは「適齢期に結婚して子供を3人持つこと」だった。
国の政策や結婚、出産にまつわる知識を2択のクイズ形式で学ぶ場所では「私たちの国は今、何人の子供の出産政策を提唱していますか?」という問題(正解は3人)や「男性、女性にとって子供を産むのに最も良い年齢は?」という問題(正解は男性23歳から34歳、女性23歳から29歳)があり、壁に貼られていたポスターには露骨に「3人の子供を出産することは国と人民に利益があります」と書かれていた。

ただ、こういったメッセージを若者は受け入れていなかったように感じる。実際、取材中に私たち以外に他の来場者は一切おらず「嫁校」のスタッフは暇を持て余していた。
「嫁校」を出た後に商店街で若い男女に話を聞いてみると「この施設の存在はプレッシャーになるだけ」「結婚や出産を決めるのは本人で国が催促するのは良くない」「出産は必ず女性自身の考えが尊重されるべき」と厳しい声が多く、ほぼ全員が支持していなかった。
価値観の押し付けは逆効果に…
国連が2024年7月に公表した「世界人口統計」によると、現在14億人いる中国の人口が2100年頃には6億3300万人にまで半減するという。このように人口減少が加速していく中で、習近平政権は市民の生活だけでなく内心にまで踏み込んだ政策をなりふり構わず打ち出している。

中国メディアによると、現在、中国の法律が定めている「男性22歳、女性20歳」という結婚可能年齢を「一律18歳」に引き下げることも検討されているという。しかし、個人の価値観を優先する今の若者にとって、国家による押し付けは逆効果にしかならならないだろう。個人の自由を尊重することが当たり前の結婚や出産において、政策で提唱するやり方は明らかに異質と言わざるを得ない。
過去に一人っ子政策で強制的な人口抑制を達成した中国が急激な人口減少に頭を悩ませている。「強国路線」を掲げる習近平政権は今、重大な岐路に立っている。
(取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳)